DC博士のワン・ポイント

パーソン・センタード・ケア(その人を中心としたケア)について

心の垣根

 今回は、認知症の人に対して私たちが抱く感情について考えてみたいと思います。認知症ケアの現場で働いている人は当然として、普段、現場で働いていない人も、見学などでケア施設を訪問すると、認知症の人が、フッと近づいてきて、何気なく手を差し出してきたり、私たちの体を触ったりすることを経験しますよね。そのようなときに、「どうしたの?」と相手の手を握って話す人と、一瞬ためらった後に恐る恐る手を出す人、気づかない振りをしてやり過ごす人など、いろいろな方がいるでしょう。

 このような時、私たちの、心にはいろいろな思いがめぐっているでしょう。いえ、一瞬のことですから、どちらかといえば、考えてから行動しているというよりは、無意識の反応に近いかもしれません。口では、「認知症の人の人権を尊重しよう」「認知症の人と私たちは、なんら変わりはしない」と言っている人でも、「ヨダレでべとべとになった手かもしれない」「おしっこがついたままかも‥」という想い(偏見)が頭に浮かんでいるかもしれません。とっさに考える時間はありませんから、普段から持っているイメージにその人の行動が左右されているのでしょう。これを、トム・キットウッド教授は『心の垣根』と表現しました。目には見えませんが、皆さん方お一人お一人の心には、それぞれの高さ(レベル)の垣根が存在するのだと思います。それが、実際に認知症の人と接する時に顔をのぞかせるのです。垣根が低い人は、自然と手を差し伸べるでしょうし、垣根が高い人にとっては、手を差し出すことにも抵抗を感じるかもしれませんね。そのような方が、無理に笑みを浮かべようとすれば、ぎこちなくこわばったものになってしまうかもしれません。

 ただ、この垣根は、普段はその人でさえ、意識していないかもしれません。しかし、その人でさえ意識していないような無意識にとっている態度が、認知症の人に少なからず影響を与え、最終的には、認知症の人が示す態度(私たちが、問題だと呼んでいる行動や言動)となって、私たちの前に現れるような気がします。

 「行動障害は、私たちの対応から引き起こされている可能性があり、私たちに対するメッセージだ」、とはよく聞く言葉です。これは、何も、認知症の人を大声で制止をしたり、力ずくで座らせるなどの行動ばかりではありません。このようなちょっとした、見逃されそうな、小さな態度も認知症の心には影響を与えているのではないでしょうか? そして、そのような私たちの小さな態度は、普段は意識していないような、認知症の人に対する無意識の偏見(何となく汚い、何を触っているかわからない)や感情(こんな風になりたくない、嫌い)から起きていると思うのです。

 次回は、パーソン・センタード・ケアのパーソン(人)の意味についてお話しましょう。

まつかげシニアホスピタル
認知症介護研究・研修大府センター
客員研究員 水野 裕