① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。
忙しくて対応の難しい時間帯に、外出の要求が連日続く。応えることが困難な状況だと分かると表情が険しくなり、一人でシルバーカーを押しながら内履きのまま、「近くの自販機へジュースを買いに。」と出掛けてしまう。一緒に出掛けられない状況であることを説明すると、「一人で行けるからいい。」と言う。「一人では危ないから。」と話すと、「老人をばかにして、一人でどこまでだって行ける。」「こんなところ出て行く。線路に飛び込んで死んでやる。」と言う。「毎日そんなにジュースを飲んでいたら体に悪くないかな。」と話すと、「私はいつ死んでもいい。」「あんたに止める権利はない。」と、興奮してしゃべり続ける。それらの対応が、スタッフのストレスになり始めている。
② あなたは、この方に「どんな姿」や「状態」になって欲しいのですか。
・できないことばかりにこだわらないで、「できること」、「したいこと」を自ら行えるようになって欲しい。
・他入居者と過ごしやすい関係をつくり、余暇を楽しんで欲しい。
・ホームの外に住む家族との心配事に固執せず、笑顔で過ごして欲しい。
交流範囲を広げられるように会話の場面を提供する。特定の利用者との親密な関係作りの支援に努める。
③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。
・役割を見つけて、自身が存在価値を意識できるようにしていく。
・Aさんの楽しめることや夢中になれることを一緒に探していく。
・外出の機会を作れるように努めていく。
・同居していた息子との関係修復を見守りたい。
長期にわたって築いてきた親子関係なので、短期間で修復することが困難なことは明らかであるが、間に入っている息子の嫁に情報をもらったり、現況を伝えたりしながら、見守っていきたい。手紙や電話などの手段を使いながら、協力していく。
④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。
・「便が出ないので近くの自販機にジュースを買いに行く。」「なんかおいしいものを買いに行きたい。」と訴えがある。自分の思いが通らない状況であることが分かると、「こんなところ出て行く。」「線路に飛び込んで死んでやる。」また、歩行が不安定なので転倒防止のために同行しようとすると、「老人をばかにして、一人でどこまでだって行ける。」「付いてこないで。」と興奮して、眉間にしわを寄せてしゃべり続ける。
・食後の食器洗いが習慣になっている。洗い終えるとテーブルに座っている入居者に対して、「早くこれをふけ!何もしないで、ただ座っているだけで。」「このばか!このあほ!」と暴言を吐く。
⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。
・時間がいっぱい有り余っている。
・排便が少量で不満。
・気の合う人とゆっくりした時間を過ごしたい。
・思う存分買い物をしたいができない。
・暇になると息子とのことを考えていらいらしてしまう。
何をしたいか分からない。どこかに出掛けたい。息子が怖い。
朝の起床時に訴えることが多い。(近頃は1週間に1回位あるかないかになっている)
ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。
⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?
・時間がいっぱいある。だから、何かしたい。でも何をしたらいいのか分からない。
・この場所で、楽しい時間を共有できる人がいたらうれしい。
・たまには、自分の食べたい物やおしゃれな洋服を買いに行きたい。
・息子と仲直りをしたい。
スタッフと利用者の区別なく、Aさんが望む環境を提供できるように努めている。
例えば、台所の手伝いをしながらのスタッフとの会話や、気の合う人の居室訪問の支援など。
⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。
・書道をしたいと言っていたので、興味のある人同士で、曜日を決めて写経などを始めてみる。
・便秘対策や余暇を有効に活用するために、ホーム周辺の散歩をする。
・調理や食後の後片付けなどの手伝いを習慣にしていく。
・自室の掃除や自分の洗濯物の整理などは、職員と一緒に行う。
・外出の機会を確保する。
Aさん自身の存在価値の確認、気分転換、スタッフとの意思疎通を感じられるひとときになる。
目的を明確にし、継続する楽しみにつなげる。例えば一緒に歩きながら、「いつまでも自分の足で歩けたらいいね。」というような意識付けを会話の中で図る。
Aさんの希望の時と場所を望みどおりに確保するのは難しいが、日常の買い物の日(1日おきに実施)に同行してもらうなど。
事例概要の人間関係の欄には、「思いどおりにならなかったり、不愉快な思いをしたりすると入居者や職員の区別なく、その感情をあらわにするので良好な関係を保てない」とあります。本人は不快な感情以外に、感情をストレートに表現することはあるのでしょうか・・。また、「他入居者と過ごしやすい関係を作るために会話の場面を提供する」とありますが、会話の場面をどのように設定すれば、本人も他入居者も過ごしやすい関係を作ることができるのでしょうか・・。「本人の望む環境を提供できるように努めている」とのことですが、それは、他入居者との関係づくりにはどのように役立っているのでしょうか・・。
スタッフが、本人の気持ちや考えを推測し、試行錯誤しながら取り組んでいる様子が伝わってきますが、忙しいケアの現場で、本人の希望を全てかなえることはなかなか難しいことかもしれません。本人が外出したくとも、忙しい時間帯であったり、人手が不足していたりして、確実にかなえることができるわけではありません。本人のために、とスタッフがとっている行動や整えている環境などの目的や意味を再確認し、修正や変更を加えるなど、検討を重ねることが不可欠になります。本人の不満を一瞬のうちに解決できるわけではありません。不満の原因が明らかで、原因を取り除くのが容易な場合は、すぐに原因を取り除くことができますが、原因が不明瞭であったり、原因を取り除くのが難しかったりする時は、解決に向けての取り組みをスタッフ間で検討し続ける必要があります。ケースカンファレンスで多角的に検討することで、新しい気づきを得られるかもしれません。「解決は無理だ」「分からない」とあきらめてしまうことなく、スタッフで抱え続ける姿勢の大切さを再確認することのできた事例です。