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事例ワークシート 事例52

A 課題の整理Ⅰ 援助者が感じている課題

① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。

・転倒の危険が大きく、目が離せない。
・Aさんも職員も介助時などけがをすることがある。
・他入居者も影響を受けて怖がっており、その方たちにも対応しなければならない。
・介護拒否への対応により、肉体的にも精神的にも疲弊する。
・家族の協力を得ることが困難な状況にある。

B 課題の整理 Ⅱ 援助者が想定する対応・方針

② あなたは、この方に「どんな姿」や「状態」になって欲しいのですか。

・穏やかに笑顔で生活して欲しい。
・入院前の状態(ADL及び精神的にも)に戻って欲しい。

③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。

・職員が関わる機会や会話・時間・触れ合いを増やす。
・家族と連携し、共に関わる。
・医療面からのサポートに対し、調整役を務める。

C 本人の状態や状況を事実に基づいて確認してみよう

④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。

排泄中「どうするどうする」と奇声を上げながら立ち上がってしまう。

ひもとき?
排泄の場面を具体的に教えてください。上記の行動はトイレ内での出来事ですか?
援助者の視点

車椅子用の個室様式トイレ内である。介助により手すりにつかまり、ウォシュレット便座に座る。ズボンとリハビリパンツは介助にて下げる。

・立ち上がった際に職員が支えると、「殺されるー。」と叫び手を振り払う。もしくはたたく、噛み付く。
・目をつぶったまま、「死ぬー。」と叫び、自分の手を噛む。
・食事中突然食べるのを止め、スプーンを投げつける。

ひもとき?
上記に示した行動を具体的に教えてください。どのような場面で立ち上がるのですか?
援助者の視点

トイレに10秒ほど座ると突然奇声を上げて立ち上がる。排便時は特に興奮が強く、便が肛門から出かかっている状態で奇声を上げて暴れる。

ひもとき?
どのような場面で「死ぬ。」と叫ぶのですか?
援助者の視点

Aさんの身体に触れると叫ぶ。

ひもとき?
Aさんの身体に触れると叫ぶ。
援助者の視点

食事はどれくらい食べられますか?食事のときに毎回上記の行動を示すのですか?

ひもとき?
以前(退院直後)は0~1割程度。現在はほぼ全量食べられる。まれに朝3割程度のことがある。
援助者の視点

上記の行動を通してAさんは何を発信していると推察しますか?

D 課題の背景や原因等の整理

⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。

思考展開シート

・転倒によるADLの変化と入院によるリロケーションダメージ。
・分からないことが増え、不安が大きくなった。
・身体も生活も自由にならない不自由さを感じている。
・家族や周囲との関係が希薄であり、寂しさを感じている。

E 事例に書いた課題を本人の視点に置き換えて考えてみよう

ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。

⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?

・分からないことばかりで、まわりも知らない人ばかり。不安で怖くてどうしたらよいのか分からない。
・自分の好きなように生活したいのに、自由に動けない。
・だれか知っている人(家族や知人)が側にいてくれればいいのに・・・。
・眠いのに声を掛けてくる。うるさい。

F 課題解決に向けた 新たなアイディア

⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。

家族との連携。情報提供。訪問回数を増やしてもらう。

ひもとき?
家族との連携はどのように進めますか?また、どのような情報を提供しますか?訪問回数を増やしてもらうアプローチについてどのように考えていますか?
援助者の視点

家族にカンファレンスに参加してもらい、現状の課題とリスクを説明した上で家族の意向を聴き、話し合いにより訪問回数を増やしてもらった。退院直後には、2回/週。それにより日中起きていたり、会話をしていたりする時間が増え、職員が手薄な時間も十分な見守りが可能になって少し落ち着いてきた。現在は、1 回/月。

なじみの職員でのケア。共に過ごす時間と機会を多くし、関わりを増やす。

ひもとき?
なじみの職員とはどのような職員なのですか?なじみの職員とそうでない職員の違いは?
援助者の視点

入社1~3ヵ月の職員もおり、その職員が対応する際には不安が増強する様子がある。入居時から関わっている職員の顔を見るとAさんの表情が和らぐ。

提携医・専門医との連絡調整。受診の付き添い。処方薬の調整依頼。。

ひもとき?
専門医との連絡の目的は?どこに受診をしますか?調整を必要としている薬剤は?Aさんが混乱を呈する背景に、健康障害や薬剤による弊害があると考えていますか?
援助者の視点

提携医は開業内科医であり、日ごろの健康管理はしているが、認知症のBPSDが強いときには、物忘れ外来にて診断と服薬調整を受けている。
入院中に処方されたリスパダール液(朝・夕)と、入院前から服用していたグラマリール(朝・夕)の調整。
入院中は、グラマリール(朝・夕)とリスパダール(屯用)2度程/1日を使用。退院時は、グラマリール(朝・夕)とリスパダール(朝・夕)が処方された。現在は、グラマリール(朝のみ)とリスパダール(夕のみ)を服用している。
退院直後は、日中もぐったりしてしまい、薬が効きすぎていたように感じられた。突然の興奮は強いままであり、不安定であった。現在の服用で一応安定している。

・外出の機会(家族・職員共に)を増やす。
・栄養補助食品を利用し、健康体重の維持・筋力の回復を図る。
・機嫌をうかがいながら、車椅子から介助歩行への移行の練習。

ひもとき?
機嫌を左右する要因は何であると考えますか?
援助者の視点

眠気。便秘。職員の声の掛け方。

・療養マッサージの導入により、血流改善とリラックスを図る。
・夜間の見回り重視。布団への鈴つけにより、寝返りや起き上がりへの即時の対応。

ひもとき?
上記のケアに期待する成果(評価)は何ですか?
援助者の視点

転倒防止。安心を得る声掛け。

・寒天粉の利用により、便秘の改善。水分摂取量を増やす。
・スプーンと箸の併用。様子を見ながら、声掛けにより摂食自立を促す。

ひもとき?
事例検討に取り組んで、あなたの当初の思いと思考展開した後では、気づきの変化は見られましたか?
援助者の視点

 多面的に考え、さまざまなアプローチを試みることができた。BPSDの原因は、決して1つではない。さまざまな要因が複雑に絡み合っており、それをひもとくことが、Aさんの安心や満足につながることであると深く考えさせられた。Aさんに関しては、退院直後に比べずいぶん安定したが、取り組みがベストであったとは思えないし、まだまだ分からないことも多い。これから共に過ごす中で、少しでもAさんの笑顔が増えればと思っている。そのために、私たちはもっともっと認知症についても学ぶべきだと思った。
 その後についての報告であるが、「便秘がち・・・。」との職員からの報告に、医師が、朝のグラマリールの処方を中止し、その後しばらく日中の不穏が強くなった。車椅子から一人で立ち上がっては、フットレストをまたいで歩こうとする様子が5分おきに見られ、その都度職員が駆け寄り、「どうしましたか?」とたずねると、Aさんは、「あっちに行きたい。」「おしりが痛い。」「どこに行けばいい?」と落ち着かない。言うとおりの所まで付き添い、そこに座ってもらうが、5分後にはまた立ち上がり、職員が駆けつける・・の繰り返し。職員の疲弊もピークに達し、家族を呼んでのカンファレンスを開催。家族は、「歩いちゃうの?困ったわ。車椅子に座ったままでいてくれればいいのに!」と話す。家族の「車椅子から動けないようにできないの?」の言葉に、「それはできませんし、したくありません。Aさんにとって動けないようにすることが良い選択なのかもう一度考えてみましょう。」と答えた。後日面談の予定を組み、数日間「ひもときシート」を見つめて考えた。
 職員からは、「離床センサーをつけたらどうか?」との提案もあった。そこで考えたことは、①本当に自分では歩けない?②立ち上がるたびに「どうしましたか?」と聞かれるのは普通のこと?③離床センサーをつけたら転ばないの?そして考えたあげく、かなり無謀なチャレンジかもしれないが、家族にも話し理解を得た上で、「歩行介助をしないこと」にした。もちろん見守りはするが、自由に移動してもらうこととした。
 a.手を置くことのできる家具の配置 b.靴の変更 c.筋力アップのためにたんぱく質の多い食事の提供 d.いざ転んだときに被害を少なくするための保護パッド入りパンツの着用、を進め、家族にも職員にも、「転ぶリスクは非常に高い。でもAさんの思いと力を信じてみよう!」と説明し、実行した。その結果、思ったよりも安定した歩行が可能であった。日によっては少し歩行不安定な日もあるが、とりあえず転ばずに自由に移動している。精神的にも少し安定し、冗談を言うときもある。私たちの「歩けないという決めつけ」や「リスク回避の重視」が、Aさんの生活を阻害していたことに改めて気づいた。
 さまざまな視点で「その方のありのままの姿を捉えること」「自分たちの常識を押し付けないこと」を、このシートを通して教えてもらった。

ひもときアドバイス

 転倒したことで大腿骨頚部を骨折し、手術をするというアクシデントに見舞われた利用者は、混乱を示しました。その状態を見た職員は、これまで3年にわたり築き上げた信頼関係が失墜したと落胆し、関わりの方法を見失い困難感を深めました。そのような中で、再び信頼関係を構築したいとの思いから事例検討を行いました。その結果、「BPSDの原因は1つではなく、さまざまな要因が複雑に絡み合っていること、そして、それらをひもとくことが、Aさんの安心や満足につながることだと考えさせられた。」との意見に至りました。さらに、「今回の取り組みがベストとは言えず、認知症についても学ぶべきだと思った。」と、認知症に向きあう意欲を示し、その言葉どおり、事例提供者は事例の検討を継続して新たなケア展開を報告しました。
 その展開において、利用者の言葉を受け入れて寄り添うだけのケアには限界があり、職員を疲弊させることに気づき、環境調整を図った上で、利用者の持っている力を発揮させるケアに転換させました。その結果、歩けないと決めつけていたことなど、職員側の固定観念が利用者の力を正当に評価することを阻んでいたことに気づいていきました。
 「自立支援」と「リスクマネジメント」は、背中合わせの悩ましい関係にあります。リスキーであればあるほど、職員は保身感情を高めます。家族を巻き込みながら利用者の生活を検討したこと、何より事例提供者から、「行動制限はしない」「利用者の思いを大切にする」「利用者の力を信じてみよう」などの認知症の人に向き合う際の大切な姿勢と、継続的に事例を検討する効果と必要性を教えられた事例でした。認知症ケアに行き詰まっている人に、勇気を与える取り組みだと思います。

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