① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っている事、負担に感じている事等を具体的にみていきましょう。
・「前の物が返ってこない。」「また盗まれた。」と言うが、実際には全て本人の手元に戻っているためにどのように説明すれば納得してもらえるか。
・徐々に表情が険しくなり、口調も荒くなっていくため、落ち着いてもらうためにはどうしたらいいか。
はっきりしたきっかけはないと思われる。比較的午後からが訴えが多い。
自室の箪笥にしまっている。衣類は多くも少なくもなく適量である。準備した衣類を拒否なく着る
ひ孫の写真たてなど。財布は持っていないが、「どこかへいった。」と言うことがたまにある。
② あなたは、この方に「どんな姿」や「状態」になって欲しいのですか。
衣類に対する不安が軽減し、落ち着いて過ごすことができる。
他の方との軽作業、棟外散歩など。
一人暮らしをして身の回りの事は自分でしていた方なので、できるだけ自分のことや周りのことを理解し、その中で張りをもって生活をしてもらいたい。
認知症の症状から、自分がなぜここにいるのか理解できる能力があると思われるため、現在の状態を理解して、落ち着いて過ごしてもらいたい。施設に入所して急に認知症が進んだため、Aさんの能力はもっとあるのではないかと思っているが、他の職員と共有されていない。
③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)
入浴後の衣類を自分で洗濯してもらい、部屋に自分で干してもらうなど、自分自身で衣類を管理してもらっていたが、入浴時以外にも戻ってこない上着(実際にはない)がある、と訴えが続いたため中止する。
自分で行えば、洗濯物が戻ってこないと言うことはないと期待した。
他の事へ関心を向けてもらうために、気分転換の手段を提供。(棟外散歩など。)
一人暮らしのときは自由に近所を出入りしていたため、じっとしているよりは動いている方であったため。一緒に箪笥を探し、本人の言っている衣類を一つ一つ確認する。軽作業は頼むとしてくれる
区別できると思われる。
④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。
・「干し場に連れて行ってくれ。」と険しい表情になり、出入り口のドアをガチャガチャする。
・同室の人に対して、「あの人が上着を盗んだ。毎年盗まれる。」と言う。
・「朝着てきた上着がない。」と、デイサービスを利用していると思い込んでいる場面もある。
特にわかることは見当たらない。
同室の方であり、身の回りのことは自分でしている方のため、自分の箪笥をいじっていると思っている。隣で寝ているが、部屋でもホールでも会話はない。
⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。
今までは他人にいろいろなことを言われることがなかったが、自分の思ったとおりにならない
自分の上着がないことに誰も共感してくれずに、じれったい思いがあると想像される。
ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。
⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんな事だと思いますか?
本人は、思っている衣類がないため、それを探したくて職員へ伝えているが、思い通りの対応がない
衣類に対して特別ではなく、自分の持ち物が人の手に渡るのが不安になっているのではないかと思われる。
盗まれたということは時々で、ほとんどは洗濯場から戻ってこないと感じている。職員はきちんと戻っているのを確認しているため、また同じことを言っていると単純に受け止めている。
⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。
・本人の言う衣類がどのような物か確認して、本人と一緒に荷物を探し、ここにないためなるべく希望する衣類に近い物を提案する。・同室の方の衣類返却時に本人にも確認してもらい、そこにはないことを確認してもらう。
もともとゲートボールをしていて活動的な方であるため、職員が日頃から活動の場(上記の内容を含め散歩や軽作業)を提供していく。本人が自分の持っているものを理解できるような対応を検討していく。
本人の思いを理解することはとうてい難しい。いろいろな角度から検討することで、少しでも本人の不安が解消できるようなケアにつながればいいと思っている。
当事例は、認知症の方に関わったことのある方が比較的よく経験する、いわゆる「物盗られ妄想」と呼ばれるような行為が見られるものでした。介護職員や家族の中には、Aさんのような方がいると、本人の訴えにどのようにすればいいのかと頭を悩ませる方も多いのではないかと思います。
Aさんと同じような行為が見られる方の場合、おそらくその場で何とか「対処(処理)」するだけではまた同じことが繰り返されるのかと思われます。その人の何がそうさせるのかを知り、それに「対応すること(向き合うこと)」ができれば、不安が少しは薄らぐのではないかと思います。
事例提供者の方は、「物を盗られてしまう。」「物がなくなってしまう。」というネガティブな感情にAさんが支配されずに、現在ある生活上の能力を使って生活してもらいたいという思いを持ち、洗濯物に着目し、支援を提供していました。実際に現場でできることは限られており、その中での取り組みに現場での苦労がにじんでいるように感じました。忙しい中での取り組みに頭が下がります。
私から投げかけた質問は大きく2点です。1つ目は、「この方がなぜ『衣類がなくなった』あるいは『盗られた』と感じているのだろう。」という素朴な疑問。2つ目が、周囲とこの方の関係性についての質問です。この周囲との関係性という表現には、職員間でのこの方に対する見方、周りの入所者の方との関係、物理的・空間的なものなどを含んでいます。
今回投げかけた質問によって、今、行われている、「職員の思い」を出発点にしたケアの取り組みに加えて、本人はどのような世界を生きているのだろうという広がりが持てるようになれば、課題解決のヒントをつかむことができるかもしれないと考えました。
職員にしてみれば、「単なる着替え」としての衣類でも、本人にしてみれば今手元にある唯一の「財産」なのかもしれません。この事例報告からだけではそこまではわかりませんが、このような本人の何らかの思いと、周囲の状況との「隔たり」が、行為としては「物がない。」という訴えになって表れているのではないのだろうか?と推察します。つまり、ワークシートの最初の部分で、報告者の方が「解決したい課題」として挙げている、「どう説明したら納得してもらえるのか。」という事は、いくら説明を尽くしても、本人の本当の課題には届かないかもしれません。
しかし、事例提供者の方もそのように感じているのですが、実際には、そこを見つけるのが本当に難しいところです。このことを克服するには、やはり視点を本人に置いてみて、そこから状況を知ろうとする事、そして、その情報の共有化、言語化が重要なのだと思います。