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事例ワークシート 事例13

A 課題の整理Ⅰ 援助者が感じている課題

① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っている事、負担に感じている事等を具体的にみていきましょう。

・他入居者の介護をしてしまう結果、骨折等の重大な事故が起きてしまっていること。
・本人にとっては良かれと思ってしてくれることや当たり前と思ってしてくれることに対して、職員が制止させる言葉を多く言ってしまい、その結果本人を不安にさせてしまうことが毎日の生活の中で繰り返し起きている。

B 課題の整理 Ⅱ 援助者が想定する対応・方針

② あなたは、この方に「どんな姿」や「状態」になって欲しいのですか。

・車椅子の入居者を連れて行き、立位ができない入居者を立たせようとしない。衣類に対する不安が軽減し、落ち着いて過ごすことができる。
・他入居者が臥床しているベッドで一緒に寝ようとし、臥床している人を移動させようとしない。
・他の入居者の居室へ入り、物を持っていったりしない。
・落ち着いた生活を送り、他入居者とのトラブルがないようになって欲しい。
・本人のできることの多くが他入居者に喜ばれ、楽しく安全に生活して欲しい。

③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)

・たくさんの家事手伝いをお願いする。
・雑誌やテレビを一緒に見る。
・裁縫や歌等の趣味を楽しむ時間を設ける。
・本人の所在確認を行い、トラブルにならないようにする。
・制止の言葉をかけず、一緒に見守る。

C 本人の状態や状況を事実に基づいて確認してみよう

④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。

・「さあ行きましょう。」「帰りますよ。」と言って他入居者の車椅子を押して行く。
・夜間トイレに起きた時に自分の部屋が分からなくなり、トイレと部屋を何回か往復したりしている。その後他の入居者が寝ているベッドの所に腰かけ、布団を掛け直したり、一緒に寝ようとしている。
・「先生何しましょう。」とよく聞かれる。
・居室の窓、エレベーターの扉を開けようとする。
・困った表情でしみじみと、内容は理解できないが話をしに来る。
・色々なことが気になってしょうがない様子で、歩き回っている。
・夕食後に子どものことを心配しているような言動がある。
・トイレ以外での排便の始末を自分でなんとかしようとし、手ですくって洗面所へ持っていったり、おしぼりのホットウォーマーの中に入れたりする。
・他入居者の居室に入り、衣類、タオル、枕、布団、靴を持って歩く。

ひもとき?
他人の部屋に入り布団を掛け直したり、一緒に寝ようとするとき、その方にAさんはどのような言葉かけをしているのでしょうか。
援助者の視点

布団をかけ直しているとき、『きれいだね。』と言っていることはありました。布団の掛け方はとても丁寧で優しさが感じられます。一緒に寝ようとするときは、声かけなくいきなり入ったことがありましたが、詳細に把握できていません。

D 課題の背景や原因等の整理

⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。

思考展開シート

・子供達に対する愛情や生活の記憶が、他入居者に対しての過剰な関わりの背景にあるのか?
・自分が良かれと思ってしていることと、他者の理解とのギャップによる不安の増幅。
・他入居者の居室に入ったり物を持って行くことへのフォローや、トイレ以外での排便
・排尿に対する始末に職員が時間をとられてしまい、趣味等の時間が持てない。

E 事例に書いた課題を本人の視点に置き換えて考えてみよう

ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。

⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんな事だと思いますか?

・出来ること、したいことがたくさんあるのに、周囲に受け入れられず制止されてしまうこと。
・家のことが心配で帰りたいのに帰れないこと。
・誰から何も言われることなく、自分の出来ること、したいことを自由に行い、他入居者、職員から喜んでもらいたい。
・他入居者と楽しく暮らしたい。

ひもとき?
Aさんは他の方から喜んでもらいたい、他入居者と楽しく暮らしたいのですね。Aさんが喜びを表したことがあった時、それはどのような場面でどのような表情だったのでしょうか。
援助者の視点

手伝い事(お絞り巻き、テーブル拭き、洗濯物たたみ等)をお願いして、すんなりと意思疎通が図れ、快く引き受けてくれたときには、「私がやりますから。」と笑顔でやってくれます。面会に来た他入居者の家族の中に、小さな子どもがいるときには、優しく話しかけたり、手をつないで歩いたりと、とても穏やかで嬉しそうな様子です。1日に何回か目を閉じ、手を合わせて何かを祈っています。その際にはとても穏やかで良い表情をしています。何を祈っているのか質問をしても、返答の意味は理解できませんでした。

F 課題解決に向けた 新たなアイディア

⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。

・ゆったりと寛げる趣味のスペース、時間を設ける。
・職員が本人と関わる時間を1日の中で必ず設ける。
・居室を本人の馴染みの物でしつらえ、落ち着ける雰囲気を作る。
・子供との面会の時間を有意義なものにしたい。

ひもとき?
Aさんの生活行動を受け入れ、対応しようとしている様子が痛いほど感じられますが、Aさんの一日の行動パターンはどのようになっていますか。
そしてどのようなときに種々の行動を起こすことが多いのでしょうか。
反対にどのような時に比較的落ち着いて過ごしていますか。
援助者の視点

6時から7時頃起床し、起床後徘徊しても特に何をするでもありません。朝食前後から、体操、手伝いと午前中は比較的落ち着いて過ごしています。すべての日課が終了するぐらいから徘徊しますが、他入居者に直接構うことはなく、他入居者の持ち物を持って歩くことが多いです。(最近喧嘩になり、他入居者を突き飛ばす行為がありました)昼食の配膳が始まる頃から行動が激しくなり、食堂を離れることなく席を立ち、他の入居者の食事に手を出したりして、職員の制止の声かけが増えてしまいます。意思疎通も困難なことが多いです。夕食前後も同様の状況ですが、時々食後落ち着いてテレビを見ていることもあります。職員が他の入居者の就寝介助中に、フロアーにいる入居者の車椅子を『さあ行きましょう。』と言って、ものすごいスピードで押して連れて行こうとします。深夜2時頃から早朝にかけてトイレに行くことが多く、この時間帯で、他の入居者のベッドにもぐり込んだり寝ている方を起こしたりとの行動が見られます。

ひもとき?
問題解決に向けて上記のアイディアを挙げていますが、これはケアカンファレンスで挙げられた意見ですか。
スタッフの関わりによって、少なくなった、落ち着いた時間が見られた等のエピソードがありましたら教えてください。
援助者の視点

問題解決に向けてのアイディアは、フロアー会議、ケアカンファレンスで出された意見です。職員と一緒に雑誌を見て、掲載されているきれいな写真等について話す時は良い表情をしています。きれいな物やきれいな人物に興味を持ち、『きれいねえ。』としきりに言います。裁縫をしたり手伝い事をしている時は、落ち着いて真剣な表情で集中しています。職員が頼んだことはしっかりとやってくれます。

ひもとき?
思考展開シートを使用し課題の背景や原因等の整理をしましたが、何か気づいたことや感じたこと、思考過程の中で事例内容の展開が新たにできたことなどありましたら、具体的に聞かせてください。
援助者の視点

Aさん自身が困っていることを本人の言葉や様子から考えたり、喜びを表した場面やその時の表情を考えたりしたことで、行動の結果への対処ではなく、行動の原因を理解し日常の対応方法を考えていくことの重要性を改めて感じました。今後はより注意深く寄り添い、Aさんの発するサインを見逃さないようにして、良かった対応、悪かった対応をスタッフで積み重ねていく中で、Aさんに落ち着いて楽しい生活を送ってもらえるように関わっていきたいと思います。

ひもときアドバイス

他入居者のお世話をしてしまうAさんを理解したい。不安なく落ち着いて生活して欲しい。
 制止の言葉をついつい発してしまいがちな自分たちの介護のありようも振り返らないと・・
 頭では充分理解していても、現実を前に中々具現化できない貴方の苦しみ、葛藤が当初伝わってきました。しかし、フロアー会議やケアカンファレンスを重ねる中で、行動の原因を理解しようという視点に大きく変換していきました。これは現場で同じような悩みを抱えて頑張っている多くの仲間に、一つのヒントを与えるものではないでしょうか。

 今後もAさんへの異なるスタッフの関わりによって、少なくなった、落ち着いた時間が見られた、反対に不安感を募らせてしまった等のエピソードを蓄積していくことで、Aさんからもっともっと多くの気づきをいただけるのではないかと期待しています。

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