① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。
涙ぐんだり、号泣したり、本人の気分が不安定になること。
ほぼ毎晩、周りが寝る準備を始めて静かになった20時から22時の間。その日により不安の大きさは違う。誰かと話している時は安定していることが多い。
そのとき、どう対応したら収まるのか方法がない。
話を聞く。興味のありそうなテレビを勧めたり、訪室しておしゃべりをし、「ベッド上で通帳を探す」という気をそらす。テレビを見ている時は笑って見ているが、テレビが終わるとややうつむき加減で笑顔もなく、「通帳がない」と部屋を出てくる。本人の話を聞いている間に何度かあくびをし、そのまま居室に戻りすぐやすんだ。
② あなたは、この方に「どんな姿」や「状態」になって欲しいのですか。
安心して眠ってもらいたい。
毎朝、「ゆうべはちっとも眠れなかった。」と言葉で表現するが、4時間程度の睡眠は確認しているし、眠れた表情を見せているので、言葉と態度が違うことを確認している。月に1回くらいは「昨夜はぐっすり眠れたよ。」と朝、本人が言う。そのときにも夜間は4時間程度の睡眠を職員は確認している。だからこの人の場合は、言葉だけではなく、全体からかもしだす健やかさを基準に眠れたことを確認している。
③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。
ゆっくり話を聞いたり、共感しながら一緒に話す場面、また別な方向に向いてもらうような声掛けなど、使い分けている。
20時~22時の間、食堂の椅子に隣同士に座り、聞き役に回る。私が話す時は手短に話して長々とは話さないようにしている。
本人の話の内容が若い頃の苦労話や思い出となり、なつかしそうな表情になる。家族が何日か前に勝手に通帳を持ち去ったという妄想からくる本人の苦痛が解き放たれる
ゆっくり話を聞いた後は自分から「もうそろそろ寝るわ。」と言って、寝ることが多い。職員から「そろそろ寝たら・・・。」と促した後は、「ねー、通帳がなくなった。」と言ってくることが多いと思う。
④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。
「川に飛び込んで死んじゃいたい。」「どうして誰も教えてくれないのよ、通帳を持っていったことを。」と声をあげて泣きながら、両手で顔を覆っている。肩や指先が震えている。
在宅時には「通帳がなくなったから、作ってください。」と銀行の窓口に一日に数回も押しかけて掛け合っていた。銀行と家族は話し合って、本人が来たら家族へ直接電話が入ることになっていた。その頃から通帳は家族が持っていて、「○○が預かっている」と本人が持参しているノートに書いてある。入居後もそのノートを常にバッグに入れていて、毎日出して見ている。
家族からは「ご迷惑かけますね。」と言われている。
本人が「通帳がなくなった」と探している時は「娘さんが持っているよ」という自筆のメモを見せる。
「勝手に持っていった」と怒っているときは相槌をうちながら話を聴く。「今度会った時にきちんと話し合おうね。」と最後に言うと「本当だね、そうしなきゃ」と納得。家族の訪問時に一緒に本人の前で確認すると、「そうなの、だったら安心だね」とその場では落ち着いている。
⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。
結婚しても夫の退職金で飲食店を経営し、本人はそのおかみさんとして活躍していた。閉店後は帳簿をつけて翌朝の仕入れ資金を用意するのが習慣だった。また閉店後は遊びに出かけて、寝るのは遅い。
活躍していた頃は0時に寝て、9時から11時頃に起きる。現在20時頃に居室に入り、朝7時に起きる。日中、やることがなくボーッと過ごすと夜の訴えが多い。夕飯の準備を職員と一緒に行った日や、本人が得意な歌をみんなの前で披露した日は夜の訴えが少ないと思う。けれども夕食中や夕食後の団らんで自慢話が得意になりすぎた時はその勢いが止まらず、一人になってから眠れないという訴えが多い。
テレビはついていても見ていない。ベッドに座り、カバンの中を見てばかりいる。
本人は他人の人柄を見抜いて、話を聞いてくれる相手を選んでいるようにも思える。
他の職員の話では、本人から話しかけてくるけれど、職員が忙しそうにしていると話しかけないで自分からすぐ居室に戻って行くという。また、30分から1時間程度は本人の話を聞くという職員もいるので、本人も人柄や状況をみて聞いてくれる相手を選んでいると思う。
ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。
⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?
本当に求めているのは、話を聞いてもらいたい、話をしたいということだと思う。
食事中以外は常に体のどこか(腰、膝など)が痛いという。言葉で言うほどには痛そうな表情ではないし、どこが痛いのかわかりにくい。痛くて何も出来ないほどの痛みではなさそうで、「痛いけど・・・」「痛いから・・・」と言って、関心があることは自分からやる。週2回の訪問リハビリとタクティールケアやアロマテラピーを受けている。
他の入居者が居室に戻り、静かになった時にAさんを一人にしないで一緒にいて、話を聞いてもらいたい様子に見える。急に一人になると鬱々とした表情になったり、どこかが痛いということが多いから。
「食後の一服が楽しみ」と言うが、そのタイミングに吸わないことも多い。むしろ台所の片付けも終えて「全部やることをやってから・・・」と自分から言って片づけを先に済ませることが多い。
⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。
他の入居者が寝静まってから、「一服しよう」と誘って、おしゃべりする。
寝る前のお茶の時間やテレビを見ている時、隣に誰かが座って一人ポツンとしないように配慮する。
自分の居室でテレビを見ている時、一回は顔を見て格別深い意味のないおしゃべりを2~3分間する。
すれ違う時何かしら声をかけ、疲れ過ぎない程度に調理や後片付けの手伝いを頼む。何もすることがなくて、日中から居室に戻って一人で考え込む時間を作らないようにする。
気分に波があり、だいたい20時から21時に1回目の訴えがある。そこで安心できないと21時から22時にもう一度訴えに来ることが多いので、はじめの訴えの時にどれだけ安心してもらえるかが重要。
グループホームの夜勤体制は9人から18人の利用者に対して職員1人から2人で対応することから利用者の睡眠障害による行動の不安定さは大きなストレスになることが多い。ややもすると眠剤や精神安定剤の処方になりがちで、薬の副作用で意識レベルの低下によるふらつきや日中の傾眠につながることが多い。
薬での対応は人間としての尊厳を大きく傷つけてしまうと共に、職員にとってはさらに目を離せない状況になり、ストレスレベルも高くなる。この事例に対して最初この事例提供者は、話をしたり通帳を探して気をそらしたり等一時的な対応をしているが、思考展開シートで本人の生活歴やこだわりから原因・背景を探り、飲食店で活き活きと働いていたころのような自信とやりがいを持った生活になっていないことに気付いている。また、職員が本人の話をゆっくり聞く時と忙しさを理由に聞けていない時など対応による症状の違いや不安になる時間の把握ができている。把握した睡眠のリズムや自慢したい話などを夜間のケアに生かし、睡眠障害となっている不安な気持ちへの支援として、話を聞いたり一服する時間を持つなど本人の気持ちを大切にしていることが窺える。
しかし、睡眠障害は夜間の過ごし方だけではなく、日中の満足した過ごし方が大きな影響を与えていることも多い。思考展開シートで得た原因・背景の中で飲食店でおかみさんをしていたころの想いがあることを把握しているが、本人への支援として夜間支援だけになっていることは少し残念である。把握した原因になっていること(おかみさん時代)に焦点をあてて何を希望しているのか本人視点に立って深く考えることによって、満足できる日中の過ごし方のヒントが生まれてくるのではないかと思う。