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事例ワークシート 事例18

A 課題の整理Ⅰ 援助者が感じている課題

① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。

いつもうまく対応できるとは限らない。たまたま今回はうまく対応できたけど、次回また「眠れない。」と言って来たら何をしてあげよう、どのように共感しようか?

ひもとき?
眠れないと訴える頻度はどのくらいですか?どんな状態のときに多いですか?気づいたことがあれば教えてください。
援助者の視点

実際には21時頃から22時頃には眠りにつき、明け方の4時頃にトイレに起きるが、その間はぐっすり眠っている。21時前後は毎晩のように「眠れない。」と訴える。そして、朝になるとお茶を飲みながら他の入居者に、「ゆうべはちっとも眠れなかった。」と話したり、日中も、「私は眠れないたちなのよ。眠り薬を医者からもらっていたから。」と口癖のように話す。入居前の一人暮らしのときに、眠り薬をたくさん飲みすぎて家族に電話して泣き出したり、昼頃まで眠っていたりという暮らしだった。入居後は家から持参の眠り薬を服用したことも1~2回はあったが、昼まで眠って、「死にたい。」と起き上がれなかった。以来、眠り薬は服用しないという医師の判断がくだされた。でも眠り薬が頼りという口癖なので、実際は整腸剤を手渡すことになっている。

ひもとき?
今回の砂糖にお茶と漬物で試してみようと思ったのはどうしてですか?
また、夜勤者に「眠れる薬ある?」と聞くことが習慣になっているとのことですが、この試み以外に何か試してみたことはありますか?その時の状態はどうでしたか?
援助者の視点

台所の片付けとリビングの掃除を終えて、トイレの明かりを残して全体の照明を暗くするのが習慣。家の明かりを消すことが一日の終わりを知らせるような状況で、そうなると職員も入居者もいなくなり、静まりかえる。
本人の生活歴の情報から飲食店を経営していたことを掴んでいたので、たぶん一日の終わりにはこんなふうだったのだろうと想像を働かせた部分もあり、お疲れさんという雰囲気の対応をしてみようと思った。気遣いの必要のない仲間として、一緒に職員も同じものを飲む。特別に用意したものではなく、いつもの湯呑み茶碗で残りものの漬物をつまみに一息いれる。こちらがそのつもりでゆっくりペースの対応をすると、うれしそうな表情で、「すまないね。」と、とろんとした表情になり、半分も飲まないうちにあくびを始めた。

B 課題の整理 Ⅱ 援助者が想定する対応・方針

② あなたは、この方に「どんな姿」や「状態」になって欲しいのですか。

今の体力にあった機敏さ(飲食店を経営していたときのように)、生活の張りをグループホームで持ってもらえるように願っている。

ひもとき?
今の体力から考えてどのくらいの活動量と休憩が必要だと考えますか?配慮したいことがありますか?
援助者の視点

台所に立つととたんに目が輝いて、自然に手を動かして調理が始まる。一段落したところで、たばこを一服する。興味のあること以外は継続して活動を続けることは困難。

③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。

職員も気楽に楽しむ仲間として、飲食店内で交わされるようなメニューの話題を展開する。

ひもとき?
普段本人から出ている店内の様子やメニューの話題はどんな話題ですか?具体的な言葉や行動を教えてください。特に自慢していることがありますか?
援助者の視点

「お客さんに喜んでもらえるのは・・・」というように言葉に出して話題を展開することができる。「大きなつぼに梅干を入れてカウンターに置いておくとお客さんが自然に手を出す。」「ぬか漬けのナス」「なめ味噌をちょっと添えたもろきゅう」「おでんはね、つゆがにごっていたらだめ。赤の鍋肌に顔がうつるくらいに磨きこんだ鍋に材料を順に入れていくんだよ。」

グループホーム内での行事のごちそう係を本人に任せてみる。職員が手伝って、家族にも参加してもらう。

ひもとき?
本人に任せていいところ、手助けがあればできるところ、スタッフが代替しないといけないところはそれぞれどんなことですか?
援助者の視点

任せるところ:調理の材料の取り合わせを決める。材料を選ぶ。調理する(下ごしらえ、味付け、盛り付け)。
手助けがあればできるところ:お金の支払い。買った材料をしまうこと。材料の分量を決めること。盛り付けの皿を選ぶこと。
スタッフが代替するところ:買ったことを覚えていること。作り始める時間、仕上がりの時間。調味料を入れたかまだか覚えていること。何人分か決めること。

C 本人の状態や状況を事実に基づいて確認してみよう

④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。

「眠れなくて困っている。」・・・両手で顔を覆うしぐさ。

ひもとき?
いつもの就寝と起床時間を教えてください。部屋に戻る時間と訴えのある時間は何時ですか?その時の本人の表情や声のトーンなど気づいたことがありますか?
援助者の視点

20時~21時頃に居室に入ることが多い。それからすぐベッドに入ったりテレビをつけたり、バッグの中を調べていることもある。朝は7時頃に起きることが多いが、週に一日くらいは8時になることもある。
朝8時になると、一番最後になってしまうので、周りを見ながらただ黙っていることが多い。

「腰が痛くて・・・」左側のお腹をさすりながら、手を左腰に持っていく。

ひもとき?
腰痛については医師からどのような診断を受けていますか?一日を通して痛みがありますか?腰痛がないときの歩行状態や動きはどうですか?腰痛予防や緩和のためにケアで工夫していることがありますか?
援助者の視点

在宅の頃から腰痛症があり、湿布薬が処方されて、毎朝と入浴後に張り替えるケアをしていたこともある。
常に腰を少し曲げた姿勢で、かかとを引きずり歩行している。
 腰痛予防に、レッグウォーマーを重ねて、ビデオで体操をし、週2回の訪問リハビリの利用や、ボランティアによるタクティールケアやアロマテラピーを受けている。

排便時の腹部の違和感かな?と職員は考えている。

ひもとき?
通常、排便のリズムはどのくらいですか?
援助者の視点

朝食直後8時頃または10時頃に毎朝のように排便あり、自分で後処理できている。トイレの滞在時間や匂い、本人に有無の問いかけで確認している

ひもとき?
腰の痛みや不眠の訴え、心理的に不安定になる時と便秘は関係していると思いますか?
援助者の視点

排便は適当にあるが、便意をもよおしている時間を便秘と表現しただけで便秘症ではないと思う。便意を感じ取ることで、普段の体の働きとは違うと受け取ることも考えられ、それを心理的に不安定と受け取る場合も考えられるが、常にそうとも思えない。心理的な不安や自己主張のポーズが含まれているように思う。

ひもとき?
便秘対策で工夫していることがありますか?
援助者の視点

十分な水分摂取。海草や野菜を多く摂取。体操や散歩。ゆっくりトイレに座るよう声掛け。
医師と相談の上、酸化マグネシウムとビオフェルミンの服用。

D 課題の背景や原因等の整理

⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。

思考展開シート

「イヤだね。」→「歳はとりたくないよ。」何もやることがない。→本人が中心になって(店を切り盛りしていた時のように)やれない。→それを考えると「眠れない。」何もしなくても三度の食事は出てくる。→「腰が痛くて・・・」(歳だから、自発的にやってもらえない。それでよいのか?)

ひもとき?
思考展開シート(7)でグループホームでは台所の仕事や献立を決める役割を果たしているとのことですが、本人が何もしなくても三度の食事はできていると感じているのはどうしてだと思いますか?スタッフの声掛けや関わりなども教えてください。
援助者の視点

何もしなくても三度の食事はできていると笑うのは一番働き者のB様で、本人は言わないが、相槌をうってうなずく。自分では一日2食で、3食の習慣はなかったという。「おいしい。」とみんなに喜んでもらうと嬉しい表情を見せる。

ひもとき?
「腰が痛くて・・」と言った時のスタッフの対応と、本人の様子はどうですか?具体的に教えてください。
援助者の視点

「痛いの?ゆっくりお風呂に入ろう。」とか「お風呂から出たら、腰に湿布をはってあげる。」とか「マッサージの先生が今日くるからね。」と伝える。

E 事例に書いた課題を本人の視点に置き換えて考えてみよう

ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。

⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?

・やることがなくて困っていると思う。若い頃の本人は寝る暇なく働いていたと自分で話している。
・自分のやりがいを求めていると思う。周りの入居者がケアを受ける様子を見て、「あんなふうになりたくないね。」と小声で話す。

ひもとき?
「嫌だね、歳はとりたくないね。」「あんなふうになりたくないね。」の言葉に対して、あなたやチームとしてのケアで工夫している声掛けや働き掛けはありますか?
援助者の視点

寝たきりになって動けない利用者に職員が一生懸命に介護しているのに、大声で介護を拒否する人に対して、小さな声でつぶやく言葉なので、職員は特別な否定もしない。「ああなれば私たちだって人のお世話になるんだよ。」と伝える。こういう場面は月に1回程度起きると思う。本人には、「だから、手伝ってね。」と手助けを頼む。

F 課題解決に向けた 新たなアイディア

⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。

クリスマス、忘年会、新年会などに店を出してもらう。献立、買い物、仕込みを本人に任せて、他の入居者と職員が手伝う。または家族も含めてお客になり、出店してもらう機会をつくる。

ひもとき?
行うときに場面の設定で配慮したこと、うまくいったことやうまくいかなかったことがありますか?
援助者の視点

11月に地域住民の芸能文化祭におでん屋として協賛出店した。献立はおでんだけとして、準備は、本人におかみさん役をお願いして、他の利用者と職員が手伝った。仕入れ先は本人が若い頃に買い出しに行った問屋街へ案内されたが、現在はさびれて購入できず、いつも通うスーパーで購入した。下ごしらえ、会場づくり、看板やメニュー表は本人と職員が一緒に行った。最も困難だったのは食器選びで、本人は陶器のお皿で値段も一皿数百円と主張した。使い捨ての紙皿を想定していたのでびっくりしたが、もちろん陶器の食器を何とか調達した。値段は一皿200円とした。「お客様の前では糊の利いた真っ白の割烹着」とこだわる本人のスタイルを尊重した。当日は利用者も職員も白い割烹着をつけて役割を分担した。昼時の混雑した時間に、並ぶお客をさばききれずにみんながとまどう中で、ぴんと張り詰めた声で、「いらっしゃいませ」とお客をひきつけて、おでんを皿に取り分ける真剣な表情を見せていた。約1時間半で売り切れとなり、閉店した。お客からは「おいしいね。」という声が漏れて、運び役の利用者に御礼を言う声があちらこちらから聞こえた。当日はおそらく100人分のおでんを売り、利益も出ているが、本人はお金の計算は「任せるよ。」と言って、ゆっくり入浴した。「あーおもしろかった。疲れたけどね。」「また、やろうね。」という言葉が聞かれた。この体験を、家族もお客として一緒に味わう役を果たしてくれた。

ひもとき?
実際に出店してみての様子で気づいたことがありますか?言葉や言動を具体的に教えてください。(行う前と後の変化、特に生き生きしていた場面、あまり反応がなかった場面など)
援助者の視点

おでんやお客がいっぱいで座る席がなくなったとき、運び役(他の入居者と職員)はとまどった。お客も混雑しているからどうしようかと、立ち尽くしている時に、一層声を大きくして「いらっしゃいませ。」と本人が声をかけたこと。
「あーおもしろかった。」という声が感想だったこと。
仕入れのために問屋街へ行った時、問屋がまばらに店を開いていて活気が無く、材料を買えなかった。「食べ物や商売をやる人がいなくなったのかね?」と本人はがっくりしてつぶやいた。

ひもとき?
あなたが最初に本人の薬がほしいという訴えがあった時と、思考展開シートを通して考えた時のあなた自身の考え方や対応に変化はありますか?新たなアイディアの実践から学んだことや、今後に活かしたいことがあれば教えてください。
援助者の視点

もちろん本人を介護するのが私の立場ですが、いっしょに生きているということ、本人がやりたいと思うことをできるだけ実現して、いきいきとした表情で過ごせることを心がけたいと思う。ただし、思いの中にはどれほどの強さの思いかを判断しなければならないかを含んでいる。本人の体になじんだ力の発揮は目を見張るものがあり、こちらの対応ひとつで異なり、日々学んでいるところでもある。

ひもときアドバイス

 グループホームにおける夜間勤務の職員体制は1ユニットから2ユニットまで1人もしくは2人になっている。それに対して9人から18人の利用者のケアに当たらなければいけない現実から考えると、何とか寝て欲しいというのが職員の切なる願いである。医師に「眠れない」と訴える利用者のことを相談すると、睡眠剤が処方されてしまうケースが多いが、意識レベルが低下するために夜中のトイレや起床時にふらつきが見られ、危険性が増大してしまうことがある。また、日中も傾眠がちになり行動意欲が低下したり、日常動作のリスクも高くなる。そのため一時も目を離せない状態になり、職員のストレスレベルも高くなるという悪循環の縮図ができてしまうことがよく見られる。このケースの場合、利用者の薬剤依存症(眠剤)の状態に対して薬に頼らず偽剤(整腸剤)を渡して対応したり、一緒にお茶を飲んだりしながら対応していることから薬の弊害をよく理解しており、利用者の睡眠障害をメンタル面から改善していこうとする気持ちが窺われる。眠れないことそのものの状態に手当てをする対応はあくまでも対処法になる。最初は対応の仕方について悩んでいたが、思考展開シートによる原因・背景の抽出と本人の声の想いを分析することによって、「人の役に立ちたい」という想いの実現に向けて大きな気づきがみられている。さらに素晴らしいのは、今までの考え方であれば店を開くということは実現不可能と判断してしまうことを本人のできることや支援が必要なこと、できないことの能力や生活歴における生きがいのアセスメントをしっかり行い、実現したことである。おでんの準備から販売まで本人を始めとして他の入居者や職員が一体となって笑顔で行っている場面が目に見えるようである。BPSDを表面的な症状の中で捉えるのではなく、本人の心と向かい合いながら原因・背景をきちんと探り、活き活きした姿まで導いた大変嬉しい事例である。

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