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事例ワークシート 事例65

A 課題の整理Ⅰ 援助者が感じている課題

① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。

・大声で何度も訴えることで、本人が体力を消耗してしまう。
・大声を聞いて、ホーム全体がざわざわと落ち着かない雰囲気になる。

B 課題の整理 Ⅱ 援助者が想定する対応・方針

② あなたは、この方に「どんな姿」や「状態」になってほしいのですか。

・調子のいい時間(補聴器を受け入れ、静かな声で話したり、筆談で会話が成立したりする時間)が増える。
・大声を出すことがあっても、介護者の対応で本人が安心できる。

③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。

・日中なるべく他入居者と一緒に過ごして、覚醒を促す。
・歌が好きなので、歌を歌ったり、演奏会を聴いたりする機会を増やす。

ひもとき?
補聴器は、日常付けていますか?また、補聴器を嫌がったりしますか?
介護者が共通した適切な対応をするために、どのような方法が具体的に図られていますか?
援助者の視点

補聴器は就寝時以外付けるようにしている。嫌がることはないが、気にして電池を外したり、つまみを何度も触ったりするため、壊れやすく、その修理や交換が本人の混乱につながっている。
朝夕の申し送り時やユニット会議時のカンファレンスで話し合い、決まったことはカンファレンスノートに書き、読んだらサインして守ることにしている。

C 本人の状態や状況を事実に基づいて確認してみよう

④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。

「助けて!おなか痛い!」「家族に電話して!」と言いながら、ベッド上で腹部や臀部を出して足をバタバタさせる。または、這って居室入り口に座り込む。目元はきつくなり、目も耳も極端に悪くなり、相手の姿も言葉も入らないように見える。

ひもとき?
どの位の頻度で訴えがありますか?
訴えが出る前の本人の状況やスタッフのかかわりで、何か気がついたことはありませんか?
援助者の視点

訴えがない日はないが、バラつきはある。少なくとも一日に1回は訴えの続く時間帯があり、一旦始まると、数十分続く。
便意や尿意と関係がありそうだが、訴えの激しさに影響を与えているものがはっきり分からない。

D 課題の背景や原因等の整理

⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。

思考展開シート

・運動不足。長い間の生活習慣(活発で、人付き合いも多かった)と異なる。
・寂しい。長い間家族の中心となっていたのに、今はその役割がない。

ひもとき?
運動不足にならない工夫として、どのような取り組みをしていましたか?
家族と過ごせない寂しさに対する取り組みとして、どのようなことが行われていましたか?
援助者の視点

排泄行為が一人ではうまくできないが、本人が自分でしたがることもあり、なるべく本人に任せて後始末をスタッフがするようにした。トイレまでの歩行も夜間以外は見守りを基本とした。しかし、ある晩、興奮が強く「別の場所で寝る。」と言うので、一緒に階下に降りた際、本人が両手を手すりにかけてかなりの速さで駆け下りるのを見て、Aさんの運動能力を過小評価していたと反省した。
家族に手紙を書いてもらったり、訪問時に写真を撮ってそれを本人の部屋に貼ったりした。カレンダーに、来た日を大きく書いてもらった。

E 事例に書いた課題を本人の視点に置き換えて考えてみよう

ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。

⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?

・退屈、無為。程良い刺激や緊張感(張り合い)のある暮らし。
・違和感のないかかわりをしてくれる相手。自分を「困った人」としてではなく、知的で元気な女性として接してくれる相手を求めている。

ひもとき?
「程良い刺激」や「緊張感(張り合い)のある暮らし」とは、具体的にどのようなことですか?また、本人は、刺激や緊張感を望んでいるのでしょうか?
「知的で元気な女性として接してくれる相手を求めている」と思ったのはどうしてですか?また、本人の現状は、「知的で元気な女性」とどのようにずれていますか?
援助者の視点

スタッフや他入居者と話すのが好きで、自分のことを聞かれたり何か頼まれたりすることを好むので、興味を持って接してもらえる関係を望んでいると思う。刺激や緊張感を望んでいるわけではない。
自分で書いたエッセイを製本したものを持っていた。そのエッセイ以外にも新聞に投書が載ったことがあると言い、そのことが本人の自慢。現状でも本人が知的で元気な女性であることは違いないが、エッセイを見せても、それを評価できる他入居者はいない。スタッフは、本人の訴えに反応してホーム全体が落ち着かなくなるので、どうしても早く黙ってもらおうと対応を急いでしまう。

F 課題解決に向けた 新たなアイディア

⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。

・日中、なるべく起きて、他入居者とかかわりながら過ごせるようにセッティングする。
・本人とかかわる前に必ず補聴器を確認し、介護者は自分の姿や声が本人に届いているかを確認しながらゆっくり接する。
・たとえ大声を出していても、介護者は笑顔を絶やさず、本人の不安な気持ちを静める気持ちで接する。

ひもとき?
セッティングする」とは、具体的にどのようなことを考えていますか?
「本人の不安な気持ちを静める気持ちで接する」とは、具体的にどのような対応をするのですか?また、そのためにスタッフ間ですべきことは、どのようなことでしょうか?
援助者の視点

居間とは別に、少人数でゆっくり食事や会話ができる「多目的室」で過ごす時間を増やしたいと考えている。セッティングが必要なのは、静かな空間づくりと、一緒に過ごす仲間づくり。補聴器のほかに筆談も交えて会話が楽しめるようスタッフが介入する。
当たり前のことかもしれないが、静かな声でゆっくり話す。本人が喜ぶ家族の話をしたり分かりやすい唱歌を歌ったりする。本人の気分の良いときにゆっくりかかわり、混乱時は淡々と対応する。
そのためにスタッフ間ですることは、他入居者への影響を恐れて対応を急ぐのではなく、包み込むような肯定的な気持ちで対応できるよう、チームで互いに支え合い教え合う必要がある。

ひもときアドバイス

寂しいときに、すぐに寂しさから解放されて楽しい気分や嬉しい気分になることは、とても難しいことです。たとえ寂しさや悲しさといったネガティブな感情であっても、本人の感情を共に十分味わうことが次のステップに進んでいくためには必要なことでしょう。
 高齢になると感覚器の機能は弱まり、それだけでもイライラや不安といった感情に包まれます。本人が落ち着ける空間である居室や多目的室で、手紙を綴ったり話を楽しんだり、一緒に行える入居者がいなくても、スタッフが一人の人間としてかかわることで、入居者やスタッフという枠を超えての付き合いができるのではないでしょうか。もし本人が優越感を感じることを望んでいるとしたら、若いスタッフが危なげな手つきで行うことが必要なのかもしれませんが、人間同士の交流としては少し違和感があるのではないでしょうか。混乱しているときも、落ち着いて過ごしているときも、すべてがその方です。「興味を持って接してもらえる関係を望んでいる」ということですから、スタッフはケアをする対象として本人を見るのではなく、一人の人間として、そして年長者として敬う心を持つことが大切です。冷静で淡々とした対応が、本人にとっては「冷たく、馬鹿にされている」「放っておかれている」と感じていないか、意識して見ることが必要です。いつも尊敬する心を持って、一人の女性としてかかわる視点をスタッフが持つことで、自尊心が高められるかもしれません。また、スタッフがその人の情報を共有し、同じケアの提供に心がけることが認知症ケアでは不可欠です。スタッフによるケアの違いは、混乱や不安を引き起こすので、スタッフ間のケアの統一についても検討してみてはいかがでしょうか。

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