「事例を探す」

事例ワークシート 事例61

A 課題の整理Ⅰ 援助者が感じている課題

① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。

・不安定になり徘徊を始めてしまったときや、手がつけられないほど気持ちが混乱しているときは、時間をかけて本人の気持ちに向き合いたい(大体1時間程本人の気持ちを聞くと落ち着く)のだが、なかなかゆっくり話を聞けない現状において、申し訳なく思う。また、ゆっくり話を聞くように、大きな声やザワザワした雰囲気などの混乱要素がなるべく少なくなるように、他職員にも気をつけてもらいたいのだが、なかなか分かりやすく伝えられない。
・本人は、以前の家族関係(夫が健在で子供たちを育てている時代)のことを想っており、子供や夫を家で待たせていると思い不安定になるが、原因となる気持ち(当時の夫や子供に会いたい)を解決することができない。

B 課題の整理 Ⅱ 援助者が想定する対応・方針

② あなたは、この方に「どんな姿」や「状態」になってほしいのですか。

他者を信用できないという気持ちが強いので、心の傷を癒し、「人とのかかわりもそんなに悪くない。」「あなたがいて良かった。」と、周りを信頼し、自分なりの人間関係をつくっていってほしい。

ひもとき?
社交的で、世話好きという面があるとしたら、どのようなことが考えられますか?
援助者の視点

本来は他者とかかわることを苦には思わず、人の役に立ちたいという気持ちの強い方ではないかと考えます。

③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。

・Aさんに不安を与えないよう背後から声を掛けたり、大きな声で話したりせず、目線が合ってから話す。
・声の調子は努めて柔らかくし、ゆっくりと挨拶や会釈をする。
・配膳を手伝ってもらう。(お茶を注ぐのが好き)
・テーブル拭き、洗濯干しや洗濯たたみなど、日常の手仕事を取り入れ、「自分にもまだできることがある」と感じてもらえるよう配慮する。
・毎日先祖に祈ったり、供養ができる環境を整え(家族の死の悲しみが自分なりに解決できるよう)、家族の役割として動機付けし、サポートする。
・気分の良いときにドライブに誘ってみて、いつでも帰れるという安心感を持ってもらう。
・Aさんの居場所や、自分なりの人間関係がつくれるように対応していく。
・家族に、病気のことやうつ病の症状、対応の仕方などを正しく説明していく。
・入居したばかりで心の傷も癒えていないので、粘り強く対応していく。

ひもとき?
実際にいつでも帰れる状況なのでしょうか?帰れないつらさや寂しさに寄り添うための配慮として、どのようなことが考えられますか?
援助者の視点

不安なときはドライブに誘っています。自宅周辺を通ると、自分の家が分かり、教えてくれます。家族への思いや自宅への思いを傾聴しています。家族からは一緒に出かけたい要望があり、出掛けられるようにサポートしています。

ひもとき?
Aさんなりの人間関係とは、具体的にはどのような関係ですか?
援助者の視点

Aさんにとって友人となる利用者、Aさんにとってなじみの職員、Aさんと家族の関係。

ひもとき?
「粘り強く」とは、具体的にどのような対応ですか?
援助者の視点

暴言や暴力があったとしても、Aさんの心が癒えるように誠実に対応してきました。また、Aさんの思いを傾聴し、まず安心してもらえるように対応しました。

C 本人の状態や状況を事実に基づいて確認してみよう

④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。

「今から帰ろうと思っています。私は何も持っていませんし、何も分からないのですから。人の迷惑になります。あなたが話し掛けるから、みんながあの人はばかなんだろうと言って笑っています。もういいから放っておいてください。」と険しい顔つきでシルバーカーを押し、時にはシルバーカーをぶつけてくる。みんなはAさんのことを話しているわけではないことやばかにしていないこと、心配していることを伝えると、「私が何も分からないと思ってばかにして。心にもないことを言っても分かっている。私はいつ死んでもいいんです。お世話になりました。さようなら。」シルバーカーを強引に押し早足で立ち去ろうとする。

ひもとき?
Aさんの感情や考えを決めつけてかかわっていないかどうか、スタッフで話し合っていますか?また、Aさんの気持ちを聞くための具体的な配慮を行っていますか?
援助者の視点

Aさんの言葉や行動を、「センター方式 C-1-2 私の姿と気持ちシート」を使用しながら客観的に見て、スタッフ間で話し合い、検証しました。Aさんの気持ちを聞くための配慮としては、暴言や暴力があるときでもAさんの気持ちを集約し、話を傾聴しました。

D 課題の背景や原因等の整理

⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。

思考展開シート

・家族との死別、別居、アルツハイマー型認知症の発症による周囲とのトラブルなどでうつ状態になった。
・物忘れがひどくなり、自分がどこにいるのか、なぜ家ではない場所で暮らさなければいけないのか、時に自分の行動の意味さえ分からなくなることの不安や苦しみ。
・やり場のない不安や怒りなど、苦しい気持ちを抱えているが解決する方法が分からない。
・息子の死(5年前)が受け入れられていない。

E 事例に書いた課題を本人の視点に置き換えて考えてみよう

ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。

⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?

・私をひとりの人として扱ってほしい。
・最近物忘れがひどくて困っている。できないことがあるときは、そっと手を貸してほしい。
・みんなと仲良くしたいけれど、ばかにされるようで怖い。
・人に迷惑ばかり掛けるようになってしまった。みんなはできるから羨ましい。
・本当は、落ち着ける自分の居場所がほしい。
・頼りにしている家族の死を何度か経験し、孤独感がある。不安感から悲観的な考えに陥っている。

F 課題解決に向けた 新たなアイディア

⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。

・毎日1時間(準夜勤務者が15:00~16:00)そばにいて行動を共にしたり、じっくり話を聞いたりする時間を持ち、チーム全体で信頼関係を構築する。
・脱水によるせん妄状態も考えられるので、十分に水分を取ってもらえるよう配慮する。
・家事作業など、身の回りの手仕事を手伝ってもらい、自分にもまだできることがあるという気持ちを取り戻してもらう。
・家族に協力を願い、先祖の遺影や位牌を居室に置いてもらい、毎日拝めるようにサポートする。
・地域の知り合いに面会したり、行事に参加したりできるようサポートする。

ひもとき?
先祖の遺影や位牌を居室に置いてもらい、毎日拝めるようにすることは、Aさんが望んでいることですか?
援助者の視点

Aさんの口からは語られませんでしたが、職員が見て、Aさんが落ち着いた生活を取り戻すために必要ではないかと思ったケアを実践しました。

ひもとき?
地域の知り合いに面会したり、行事に参加したりすることは、Aさんが望んでいることですか?
援助者の視点

Aさんからは具体的には語られませんでしたが、地域行事に参加することで、家で生活していたころのなじみの方とも会え、記憶がよみがえって喜んでいました。いつも自宅のことや家族、親戚のことを思って語っているので、知り合いに会ったり行事に参加したりしたいのではないかと考えました。

ひもときアドバイス

 事例概要をみると、本人の基本的な性格・人間関係として、「社交的・人の役に立つことが好き・世話好き」という一面が挙げられています。さらに、うつ症状を呈してから、非難される不安から攻撃的になり、スタッフやそのほかの人間に対する不信感も募らせていることが分かります。
 本人に心の傷があるとして、その傷を短期に癒し、不安感や不信感、拒否や拒絶をしてしまう気持ちをすっかり取り去ることは容易なことではありません。スタッフの皆さんが本人の気持ちをどうにか晴れやかなものにしたいと尽力している様子がとてもよく伝わってきます。本人は、息子との死別や、自分の能力との別れなど、さまざまな喪失体験を重ねていると考えることができます。悲しみや寂しさを乗り越えるためには、十分に悲しむことが肝心です。悲しみを喜びや楽しかった思い出でカバーするのではなく、まず悲しいという思いをスタッフも一緒になって受け止めるということが重要です。悲しい気持ちをごまかさず、うんと悲しむことができないと、次のステップへは進んでいけないものです。悲しいという言葉の中にはいろいろな感情が隠れています。本人の抱える悲しみはどのようなものか、十分に味わうことが必要ではないでしょうか。
 スタッフが本人とともに、どのように悲しむかということが求められる事例といえます。本人が望んでいることは語られなくても、スタッフが考え、試行錯誤しつつ今後も取り組んでいくことを期待します。

前のページへ戻る
事例一覧へ戻る