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事例ワークシート 事例63

A 課題の整理Ⅰ 援助者が感じている課題

① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。

利用初日よりAさんから、「ここの男の人が、コートを持っていったのよ。」との訴えがあった。その後も同じ訴えが続いた。夏だったのでAさんはコートを着て来てはいなかった。Aさんにはもの盗られ妄想と強い介護拒否があった。入浴に誘うとそっけなく、「結構です。」と言う。しばらくしてほかの職員から、「コートを盗った男の人とは、Bさん(援助者=私)のようだ。」と告げられた。私はAさんと今後どうかかわり、どう接したらいいのだろうか。

B 課題の整理 Ⅱ 援助者が想定する対応・方針

② あなたは、この方に「どんな姿」や「状態」になってほしいのですか。

安心して過ごせるようになってほしい。

③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。

本人の訴えを受容するよう、まずデイサービスのチームスタッフで取り組みたいと思っている。

C 本人の状態や状況を事実に基づいて確認してみよう

④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。

・「ここの男の人が、私のコートを持っていったの。」
 利用初日にほかの利用者の前で自己紹介をしてもらったとき、「私のコートがなくなってしまって…、皆さん探してください!」と呼び掛けた。
 私に対しては笑顔を向け、直接訴えることはしない。
・「私の所へ来て、余計なことをしたがる人がいる」という思いがある。
・いつも誰かに見られている感じがして気が張っている。
・いろいろな人と交流したい気持ちはあるが、思うようにいかなくて困っているのではないだろうか。

ひもとき?
どのような事実を基に「困っているのでは」と判断しましたか。
援助者の視点

以前通所していた施設では、失禁のためズボンまで濡らしていても衣類を交換してくれなかったとの情報がある。また妄想についても、施設側が否定する対応をとっていたと聞いている。妄想を否定するかかわりが継続していた様子が見られ、Aさんはそのたびに「困った思い」をしたのではと考えた。

ひもとき?
妄想の対象になるスタッフはいつも同じですか?
援助者の視点

確かに私ひとりのようである。ただその後は、訴えのあるときは女性のスタッフに打ち明けるように話している。

D 課題の背景や原因等の整理

⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。

思考展開シート

なし

E 事例に書いた課題を本人の視点に置き換えて考えてみよう

ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。

⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?

本人の中では、「自分のことは自分でできるのに、余計なことをする人がいる」という思いがある上に、自分の訴えが誰からも認められず、ほかの人との交流もなくなってしまったことに、大きな悲しみを覚えているのではないだろうか。

F 課題解決に向けた 新たなアイディア

⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。

本人の訴えを傾聴する。否定も肯定もせず受容すること。また、Aさんにとって過剰に感じないケアのかかわり方を探っていき、チームスタッフで実践していきたい。

ひもとき?
ひもときワークシートや思考展開シートを用いて改めて事例の検証に取り組み、変化はありましたか?
援助者の視点

取り組みの結果、本人の妄想を否定ではなく、スタッフで受容するよう接することで、妄想も少しずつ消失。現在は入浴も可能となっている。

ひもときアドバイス

本事例は、被害的内容を主とする妄想があり、排泄や入浴介助を拒む認知症高齢者(AD)への通所施設における支援事例である。利用開始直後より、物盗られ妄想を訴え、特定スタッフが妄想の対象になるなど、支援関係を構築するのが難しい状況であった。担当ケアマネジャーより、当該通所介護施設利用以前のケアについて、本人の訴えなどを否定するかかわりが中心であったとの情報を踏まえ、「本人は困っている」という事実を受け入れることからケアを再構築した。その結果、妄想的な言動も徐々に消失し、ケアに対する拒否も軽減した。
 認知症ケアにおいて、被害的な言動や妄想によりケアがより困難になることが少なからずある。事実とは異なっていたり、周囲にとっては理解しがたい内容であっても、本人にとっては事実である、という視点が大切である。本人の訴えを否定するケアを繰り返すことでBPSD(行動・心理症状)を助長するだけでなく、互いに否定し合う関係となり、結果としてケアをより困難にする状況をつくり出してしまう。
 一方、妄想などの精神症状は、主治医または専門医に相談し、適切な治療へつなげることもケアの一つである。医療的支援や医師からの助言を受けながらケアをするということも忘れてはならない。

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