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事例ワークシート 事例33

A 課題の整理Ⅰ 援助者が感じている課題

① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。

・職員が対応しきれない状況のときに、一人で歩き、怪我をする可能性がある。
・職員が見守りのために付き添って行こうとしても、本人に拒否されることがある。
・母親の待つ家に帰りたいというAさんの願いを現実に叶えることは難しい。

B 課題の整理 Ⅱ 援助者が想定する対応・方針

② あなたは、この方に「どんな姿」や「状態」になって欲しいのですか。

・怪我をせず、元気に過ごしてほしい。
・Aさんの思いが少しでも満たされ、毎日を心地よく過ごしてほしい。

③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。

・一人で歩き始めた時は、本人のストレスにならない程度の距離で見守りをする。
・これ以上の下肢筋力低下を防ぐため、体操などに誘う。
・Aさんの楽しみとなる活動(歌、ボール投げなど)を提供する。

C 本人の状態や状況を事実に基づいて確認してみよう

④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。

「母ちゃんが待ってるから帰らなくちゃならない。」と言いながら立ち上がり歩き始める

ひもとき?
夕方以外では、どのような時間や場面が多いですか。
援助者の視点

午後の余暇活動の際、興味のない活動(カラオケなど)の時に「さーて、そろそろ帰るかな」と立ち上がる。

・帰ろうと思って歩いている時職員が声をかけると、「私はちゃーんとしてるから、一人で帰れるわよ。」とはっきり話す。
・一人で歩き始めるが、すぐにバランスを崩しては、「危ない!」「こわい!」とびっくりする。
・5~10メートルくらい歩くと、「足が痛くて・・・」と思ったほど歩けないことに気づく。椅子に座るよう促すと安心した様子で座るが、すぐに痛かったことを忘れて再び歩き始める。

ひもとき?
バランスを崩すとありますが、具体的にどのように崩れるのですか。
援助者の視点

バランスを崩す際は、何も障害物がなくても、何かにつまずいたように前のめりになったり、誰かが少し体に触れただけで尻もちをつきそうになったりする。

D 課題の背景や原因等の整理

⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。

思考展開シート

・楽しかった子供時代、女手一つで子供を育てて苦労した時代など、生活歴が行動の基盤になっている。
・子供時代からずっと同じ地域に住んでいたため、強い思い入れがある。
・下肢筋力の低下で本人が思っているほど歩けないが、いったん座るとすぐに歩けない事実を忘れてしまうため、課題となる状況が頻繁に起きる。だからといって歩き始める際に引き留めるとAさんにとってはストレスとなる。
・Aさんのそばにいたほうが安全を守れるが、他の入居者のケアと重なるとそばで見守れないことがある。
・子供時代を思い出せるような活動(童謡や唱歌を歌う、手遊び、ボール遊び、体操などをする、学生の頃の話をするなど)をしている間は楽しい。

ひもとき?
Aさんの帰りたいという訴えは、どのような経過を辿り収束しますか。
援助者の視点

集中して行うこと(食事、体操、掃除、歌など)がなくなると、家に帰ることを思い出し、歩き始めるが、すぐに足が痛くなって腰掛ける。しかし数分で足が痛いことを忘れ、再び歩き始めることを繰り返している。

E 事例に書いた課題を本人の視点に置き換えて考えてみよう

ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。

⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?

・なじみのある家(家族、地区)に帰りたいが、足が痛くてなかなかうまくいかない。
・自分は今までちゃんと一人で生きてきたのだから、これからもそうしたい。
・家には帰るつもりだが、怪我はしたくない。
・子供時代を思い出すような楽しみの時間を持つことも悪くない。

F 課題解決に向けた 新たなアイディア

⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。

・Aさんの生活歴について再度職員同士で話し合い、Aさんの考え方について理解を深めるようにする。
・Aさんの家族や地区への愛着と、足が痛い、怪我をしたくないという思いの両方を受け止めながら関わりを持つ。
・歩き始めた時は、できるだけ引き留めず歩いてもらい、数メートル歩いた後にさりげなく椅子に座って休むよう誘導する対応を繰り返す。
・ときどきAさんが楽しく子供時代を思い出せるような活動(学校で習った歌、運動、思い出話など)を提供する。
・他の方のケアがあって常にはそばにいられないとしても、できる限り職員同士で声をかけ合って安全を守る。
・周囲が静かなほうが落ち着く。

ひもとき?
Aさんは「帰る」という言動で、何を伝えたいのだと思いますか。
例)静かな方が落ち着く…ということは、「帰りたい」という言葉でうるさい、静かにして欲しいということを伝えていた、と理解できると思います。思考展開シートを活用しながら、探ってみてください。
援助者の視点

Aさんが好む静かで落ち着いた環境づくりをする。職員はできるだけゆっくりと小さめの声で話しかける。特に、食事の時間にうるさいとイライラする為、あまり声をかけず、見守るようにする。

ひもときアドバイス

 本事例は、「自宅で用事があるから帰る」と言い歩行するが、下肢筋力の低下などの理由により転倒するリスクが高い認知症高齢者への支援である。当初は、転倒のリスクを回避するために見守る、気を紛らわすためにレクリエーションをするなど事後対処的ケアが中心であった。安全を守る、とうことは第一に優先されるべきであり、必要なケアでもある。
 しかし、本人の言動の背景や原因を探る、ということもケアの一環として同時に行う必要がある。
 本事例では、本人の「帰りたい」という言葉やその時の行動をディマンド(要求・要望)と位置づけ、ニーズを探ろうと試みた。その結果、「帰りたい」というだけではなく、他のことを訴えているのではないか等、今までニーズとしていたものをディマンドとして捉え、ニーズを探るという思考を辿りケアのアイディアを導き出すことができた。
 本事例は、認知症の人の言動をニーズではなくディマンドとして捉えることが認知症の人の真のニーズを支えるケアの第一歩である、ということを示している。同時に、分からないことは調べる、ということも日々のケアの一環として位置付ける必要性を示唆している。

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