「事例を探す」

事例ワークシート 事例42

A 課題の整理Ⅰ 援助者が感じている課題

① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。

少しずつ動きが減り、表情の変化も失われてきたAさんに対し、穏やかな性格や笑顔をなくさないためにはどんな支援を行っていけばよいのか。

ひもとき?
上記の状況はいわゆる「活動性の低下」に伴うものなのでしょうか?
援助者の視点

そうです。

ひもとき?
他者への関わり方はどうでしょうか?
援助者の視点

Aさんから他者に積極的に関わることはなく、むしろ周囲が過干渉になっています。

B 課題の整理 Ⅱ 援助者が想定する対応・方針

② あなたは、この方に「どんな姿」や「状態」になって欲しいのですか。

最期の時まで楽しみを持ち、笑顔を忘れずにいてもらいたい。

ひもとき?
「楽しみ」=「役割」?というものでしょうか?
援助者の視点

「役割」というよりも、「趣味(興味が持てること)」でしょうか。

③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。

現在は、のんびりと穏やかに過ごすことができるよう、居室を居心地の良い空間に整備している。
居室内にリクライニングチェアを用意し、そこで好きな音楽や裁縫を楽しめるようにしている。また、壁には過去にAさんが制作した作品や昔の写真などを飾っている。
また、音楽については、好みの曲(童謡)を楽しめるように曲を集めている。

ひもとき?
Aさんは30年以上にわたって施設で暮らしてきた方のようですが、その間、どんな事柄に関わっていたのでしょうか?
援助者の視点

前施設では、縫製や機械部品の組み立てをしたり、趣味作りのために手芸をしたり、運動のため縄跳びを日課として行っていたそうです。現施設では、組み立て作業や、花布巾・雑巾作りといった縫製、漢字の書き取りや計算などを行っていました。

C 本人の状態や状況を事実に基づいて確認してみよう

④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。

職員から問いかけをしたり、何か行動を促そうとしたりすると時折、「おっかない。」という言葉が聞かれる。「おっかない」=「分からない」という印象を受けている。同様の場面で言葉ではなく、「アハハハ。」と笑うことが多くなっている。

ひもとき?
上記のような状況は、「生活関連行為」いわゆる日常生活の慣れ親しんだ状況で起こるのでしょうか?
それとも非日常的な(新しい)行為の場合に起こるのでしょうか?
援助者の視点

日常的に聞かれる言葉です。口癖のようにもなってきています。

ひもとき?
上記のような状況の場合、Aさんの表情や様子はどんな感じですか?
援助者の視点

ほとんどの場合、笑いながら…といった様子です。

ひもとき?
上記のような場合、職員はどのように対応しているのでしょうか?
援助者の視点

当初は、何が「おっかない」状況なのかをAさんにたずねていましたが、言葉どおりの意味ではないことに気づき、現在は「何か混乱していることがあるのかな?」と発想するようにしています。Aさんからはまず回答を得られることが少ないので、こちらからその混乱の原因を探るように対応しています。

D 課題の背景や原因等の整理

⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。

思考展開シート

・度重なる向精神薬の変更などによる影響。
・環境(本人の過ごす場所)の変化。
・周囲からの過度の干渉。
・今まで行っていたこと(習慣化していたこと)の中止。
・体調の変化。

ひもとき?
薬剤の調整や変更は主治医が行っていると思いますが、主治医は、障害や認知症に関しての知識や経験はどの程度あるのでしょうか?
援助者の視点

主治医は精神科病院の医師ですが、元は内科の医師であったそうです。認知症の相談もしていますが、月に一度本人の様子を診る程度ですので、日々の様子の詳細が正しく伝わっているかどうかは不安が残るところです。

ひもとき?
「周囲からの過度の干渉」とは、具体的にどのような事柄を指しているのでしょうか?
援助者の視点

他利用者からの世話焼きです。その世話焼きが中傷的であったり、暴力的であったりと、エスカレートしていきます。

ひもとき?
「体調の変化」とは具体的にはどのようなことなのでしょうか?
援助者の視点

認知症による身体の変化です。

E 事例に書いた課題を本人の視点に置き換えて考えてみよう

ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。

⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?

自分の感情や行動を抑えられてしまう。

ひもとき?
本人の感情やしたい行動とは、具体的にはどのような事柄なのでしょうか?
援助者の視点

自由に動き回りたいと思って立ち上がっても、周囲に静止されたり、笑っていても「おかしくない!」と注意されたりしてしまうことがあります。

・生活のペースを自分のペースで行いたい。
・好きなことを続けたい。
・居心地の良い場所が欲しい。
・身体の痛みをなくして欲しい。

ひもとき?
Aさんにとって居心地の良い場所とはどのような状況なのでしょうか?
援助者の視点

周囲に干渉されず、自分の自由にできる空間(音楽が好きなので、音楽をのんびりと聴くことができる居室)と捉えています。

F 課題解決に向けた 新たなアイディア

⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。

・Aさんが自分のペースで自由に過ごすことができる環境作り(他者から過度の干渉を受けないような)。
・習慣として行ってきたことをできる限り同じ形で続けられるよう配慮する。
・医師との連携。
・変化の少ない環境で生活する。

ひもとき?
習慣として行ってきたこととは、具体的にはどのようなことなのでしょうか?
援助者の視点

裁縫、手芸です。

ひもとき?
変化の少ない環境とは、具体的にはどのような環境なのでしょうか?
援助者の視点

認知症の方にとって急激な環境の変化は混乱を招くと聞いたことがあるため、なるべく家具などの配置は替えず、昔から馴染んだものなどを置くようにしています。

ひもときアドバイス

 Aさんの障害の程度は比較的軽度で、かつては日常生活においてかなり自分でできていた方だろうと推察しました。しかし、高齢になり、また認知症が発症し、日常生活の様々な場面で支援や介護が発生してきたのだろうと感じます。
 まず始めに、あなたがAさんに対して想定している状態は間違いがないと思います。また一方で、Aさんが生活の場としている施設の状況が、本人の日常生活に大きく影響していることも理解できていると思います。つまり、高齢者専用の施設(例えば特別養護老人ホームや老人保健施設、あるいは認知症グループホームなど)ではあまり発生しないいわゆる「過干渉」という事象です。障害者福祉施設の場合、もともと若齢期(若い元気な人達)の利用者に対して施設全体が計画され、整備され、運営されてきました。したがって高齢期になり、高齢者特有の支援が必要になった場合、その多くは障害者福祉施設ではなかなか対応されにくいという事情です。
 本来、多くの高齢者施設では、本人に関わるのは職員です。また他の利用者が関わることがあっても、それは極めて限定的であったり、また関わる利用者自身も高齢者であることで、その関わりはあまり強いものではありません。しかし、障害者福祉施設の場合は、その事柄が「過干渉」という状況になって本人に影響を強く及ぼします。
 次に、Aさんがこれまでの在宅時に、そして施設内で行ってきた仕事?(作業?役割?)は、必ずしも本人の希望からそれらに関わってきたわけではないということです。ご存知のとおり、施設では何種類かの施設作業のようなものがあります。利用者は、その中からある意味選択するしかない状況の中で、作業を担当してきています。また事例の中にありましたが、Aさんの母親が「本人のために」という理由で裁縫をさせるようになった、という事情からも、やはり本人が自ら好んで選び取った仕事でもなさそうです。また別な理由として、裁縫や手芸は認知症の人には困難な面があります。裁縫や手芸は、出来上がりやその過程で抽象的な枠組みを持って現在の作業を継続することの見通しが必要になる作業なので、認知症の人たちにとっては、抽象的な概念や先の予測をして今現在をつないで作業の目的を意識するということは極めて苦手な行為の一つといえると思います。さらに、Aさんは80歳代になり視力も低下してきているとのこと、こうした身体的な低下はさらに状況を厳しいものにしていると推察されます。
 次に、設問Cの中に記述しているとおり、「言葉どおりの意味ではない」ということも大切な気づきだと思います。認知症が深まると言葉の意味理解が困難になり、さらには自分が考えていることや思っていること、感じていることを、自分の言葉でうまく表現することが困難になってきます。そのため答えにあるように「何か混乱していることがあるのかな?」という発想が大切だと思います。あるいは「何か不安があるのかな?」とか、「心配なことや困り事があるのかな?」という発想も重要な感覚になってきます。
 また、主治医との関係では、受診時にできる限り本人の日ごろの様子を記録したものを持参し、詳細に主治医に伝えることが重要かと思います。またAさんのケアの指標になりますので、認知症の診断を受けられた方がよいと思います。
 さらに重要な事柄は、Aさんが家族、特に姉に対して極めて親愛的な感情を堅持している点です。こうした状況は、認知症の人の「情動に訴えかける」手段としては、極めて重要な手掛かりだと思います。できる限り面会等をお願いし、本人にとって大切な時間を作っていくことが必要だと思います。また、訪問のことを本人は「記憶」としては覚えていなくても、とりわけ「情動」が動いた事柄は、「記憶」からは消えても、無意味なわけではありません。必ず、本人の「心の記憶」に残ります。
 さて、最後になりますが、あなたが設問Fに記述しているように、今後のAさんにとって音楽などを使って良い状態を保つことはとても重要なことだと思います。また、今後の考え方として大切な事柄は、本人の施設生活全部を安定した心地良い状態にすることは極めて難しいと思います。大切なのは、少しでも安定した良い状態の時間を増やしていくことだと考えます。具体的には、施設の利用者の方々の中で、比較的高齢な利用者をグループ化し、若い利用者の人たちとは別の生活プログラムを作ったり、小集団で過ごせる環境を作り出したりすることだと思います。またAさんを含めて認知症のある利用者には、関わる職員をできるだけ固定化し、顔触れを大きく変えないなどの方法も有効だと思います。あなたも記述していましたが、認知症の人たちは「環境の急激な変化には弱い」ということです。人も環境の一部です。

前のページへ戻る
事例一覧へ戻る