50歳代後半でアルツハイマー型認知症の妻を単身で介護しているAさん(60歳代前半)は、銀行を早期退職して以来7年間、介護生活を続けてきた。妻は若年発症の認知症が進行して現在の長谷川式スケールは3点。全ての生活を支えなければならない。Aさんはこれまでに糖尿病を持っていたが近所の「かかりつけ医」でコントロールしてきた。
ところがAさんは、ここ数カ月の間に血糖値が上がり、ちょっとしたことでもいらいらするようになったため、その医師を通じて大きな病院を受診したところ、血管性認知症であることを告知された。そのことをきっかけに、絶望感と妻への思いが交錯して焦燥感が激しくなり、妻のちょっとしたミスにも激怒して殴ってしまうようになった。妻はデイサービスを週2回、クリニックの通所リハビリを週1回利用し、ホームヘルパーにも週3回来てもらっているが、誰もいない深夜に妻の行動・心理症状(BPSD)が出るとAさんは怒りを抑えることができず、何度も殴ってしまう。Aさん自身もそのことに悩んでいる。「自分の認知症が進めばもっと理性を失ってしまうのではないか」と心配になる。
介護を受けている妻も介護者であるAさんも、共に認知症になった。Aさんの感情が抑えきれなくなったとき、妻に暴力をふるってしまうAさんの行為をどのように抑え、二人のこころと生活を支援できるか。
認知症の人同士の介護。 身体的虐待(不適切行為)。 夫婦の心身ケア。
年 齢 | 60歳代前半 |
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性 別 | 男性 |
職 歴 | Aさんは銀行員(介護のために早期退職) 妻は自営で洋品店を経営 |
家族構成 | 夫婦のみ 子どもはない。 唯一の親戚は妻の兄だが音信不通。 |
認知機能 | Aさん HDS-R18点 妻 HDS-R 3点 |
要介護状態区分 | 妻 要介護4 |
認知症高齢者の日常生活自立度 | Aさん Ⅰ 妻 Ⅳ |
既 往 歴 | Aさん 糖尿病・高血圧 妻には特筆すべきことなし |
現 病 | Aさん 血管性認知症 妻 アルツハイマー型認知症 |
服 用 薬 | Aさん 服薬なし 妻 アリセプト |
コミュニケーション能力 | Aさんは感情が抑えきれなくなった場合を除き、ほぼ自分の意思を伝えられる 妻は自分の意思を伝えることがほぼ不可能 |
性格・気質 | Aさんは思い悩む傾向あり 妻は明るく世話好き |
A D L | Aさんは自立 妻には全面的なケアが必要(ほとんどを自宅で臥床して過ごす) |
障害老人自立度 | Aさん 自立 妻 C1 |
生きがい・趣味 | Aさんの趣味は読書。現在の生きがいは「妻のえがお」。 妻は社交的で世話好き、映画が趣味。 |
生 活 歴 | Aさんには家族がなく結婚して初めて家庭の雰囲気を知った。 妻は兄との同胞2人。学校卒業後にAさんと結婚して洋品店を経営していた。 |
人間関係 | Aさんの「きまじめさ」と妻の社交性が対照的。 |
本人の意向 | 「こんなこと(妻を殴ること)を繰り返している自分が情けない。」 「何とか自分の行為を抑えてほしい。」 |
事例の発生場所 | 自宅 |