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バルブロ・ベック=フリス教授講演 〜『痴呆性高齢者の緩和ケア』2004年10月11日(星陵会館(東京都千代田区))〜

1.開会挨拶:長谷川和夫先生 (高齢者痴呆介護研究・研修東京センター長 「痴呆の人とともに暮らす町づくり」地域活動推進キャンペーン実行委員長)
みなさんこんにちは。東京センターの長谷川でございます。本日はバルブロ・ベック=フリス先生をお招きしまして、痴呆性高齢者の緩和ケアについてお話しをお伺いしたいと思います。
10月15日から3日間、呆け老人をかかえる家族の会が主催となりまして、国際会議をいたします。その時に痴呆性高齢者の地域ケアを実際に行っている団体あるいは地域の方々に演題を募集しまして、キャンペーンを行いました。59の団体が応募したのですが、そこで堀田力先生を委員長とする審査委員会で選ばれました4団体の表彰式を行います。
その会でベック先生にお話しをしていただきます。ベック先生はそのためにおいでいただいた訳ですが、この前に関連の行事として岡山、大牟田、浜松で講演をしていただき、また本日の東京講演をむかえました。
痴呆のケアについては厚生労働省が2015年の高齢者介護という報告書を発表致しましたが、痴呆ケアが高齢者介護の中心であるということと、いろいろな提言がございました。最後の目標は地域包括ケアであるということです。痴呆の方がターミナルを迎えたときにはいろいろな問題はあると思いますが、人が生命を終えていく、存在を失いつつあって、やがてこの世から去って行くときに私たちがどのようなケアをできるかが大きな課題です。痴呆性高齢者の方々が生命の終結を迎える時に、どんなケアを差し上げることができるか、これはケアの本質的なことに迫る課題であると思います。
Doing「何かをする」ことに慣れきっている私たちは、Being「存在する」そのこと自体が非常に大きな尊いものであるということを知らされるだろうと思います。そのような具体的なお話もお聞きできると思います。どうぞ、最後までお聞き下さいますようお願い致します。
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司会:永田久美子 (高齢者痴呆介護研究・研修東京センター主任研究主幹 「痴呆の人とともに暮らす町づくり」地域活動推進キャンペーン実行委員)
| 本日はフリス先生には緩和ケアということが中心のテーマではありますが、単にターミナルになってからが問題ではなく、痴呆ということを医療福祉関係者、また、家族も含めていかに深く理解し、痴呆初期からステージを追いながら緩和ケアに向かっていくことができるのか、その体系的なお話しをしていただきたいとお願いしています。 |
2.講演「痴呆性高齢者の緩和ケア」
1) 講師紹介 バルブロ・ベック=フリス 教授(Professor Barbro Beck-Friis)
| 教授 医学博士 |
| 1931年 ストックホルムに生まれる。スウェーデンのウプサラ大学にて医学教育を受ける。 |
| 1969年から1993年まで、モータラ病院で老人医学およびリハビリ学部長、医局長を務める。 |
| 1993年より、ウストイエタランド県メディカルアドバイザーに任命される。 |
| 1996年より、シルビア王妃を会長とするシルビアホームの役員、指導、教育を担当。社会省による「政府公式報告書 1993:93」作成に関わる。スウェーデン政府、社会省のエクスパートアドバイザーを務める。
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| 1958年から現在に至るまで、ウプサラ大学をはじめスウェーデン各地の大学等で学生、医師、看護婦に講義を行う。緩和療法、老人性痴呆症に関する論文、著書多数。 |
| (参考:通訳担当) |
| 友子・ハンソン (Tomoko Hansson) スウェーデン、イエテボリ市に在住。 |
| 通訳、翻訳などのフリーランサー。社会福祉関係、イエテボリ市公共関係の通訳等としても活躍。 |
| 著書に「お母さんが子供になった」(訳 講談社)、「欧米の介護現場」(共著 一橋出版)、「私にもできる」(訳 萌文社)、「症状が重くなった方が介護が楽になる」(訳 北欧社会研究会)、「スウェーデンからの報告」(共著・訳 筒井書房)、「スウェーデンにおける施設解体」(共著・訳 現代書館)、「家族に潜む権力 スウェーデン平等社会の理想と現実」(共訳 青木書店) |
2) 講演要旨(参考資料:パワーポイントファイル<ベックフリス教授資料>)
| 本日は主として2つのことに焦点を合わせてお話しします。第1に、緩和ケアとはどういうものであるか、なぜ必要であるか。第2に、痴呆症とはどういうものであるかについてです。
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私は、1985年に初めてのバルツァゴーデンというグループホームを作りました。そこには、軽度の痴呆の人ではなく、意識的に選んで症状をはっきり表している中度や重度の方たちを選んでその方たちのケアをすることにしました。6名の方が入居されましたが、それ以前は、病院の中の大きな病棟でケアを受けていました。攻撃的、怒りっぽい症状を示す方が多かったり、うろうろしていたり徘徊する方がいらっしゃいました。私の考えでは、6名の患者に職員の接し方を変えることで、この方々が示していた徘徊であるとかこういった傾向を変えることができるのではないかと思いました。
グループホームでは個別介護計画を立て、そこでは主としてこの方たちに何ができるか、そして何ができないかを記しました。現在スウェーデンでは、痴呆症の方のグループホームではいろいろな知識があります。グループホームでのケアがうまくいくためには、どうしても個別ケア、個人的なケア計画が必要であることが分かっています。
また、これまでの経験から、グループホームがこれから質の高いケアを提供していくためには3つの条件があることが分かっています。まず、1つめは、だれが責任をとるかがはっきりしていること(リーダーシップ)です。2つめは、グループホームに勤務する職員がそれぞれ自分の仕事を理解し、痴呆症ということに興味を持ちながら痴呆症の専門教育を受けていることです。そして、3つめは、やはり各グループホームに介護哲学がある、自分たちのする仕事が何を目的としているかがはっきりとしていることです。
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さて、主題の緩和ケアはとどういうものかというお話に入ります。1990年に世界保健機構では緩和ケアを初めて定義しました。緩和はパリアティブケアというのですが、パリアティブとはマントという言葉から生まれたものです。従って、緩和ケアとは1つの大きなマントで痴呆の方やその家族をすっぽりと包んでしまうようなタイプの全人的ケアのことを指します。緩和ケアを実施するのは、今、この方がもう治すことができない病気であると分かった時、それから、不必要に延命的なケアを行わない時です。
緩和ケアの目標は、痴呆の方や家族に可能な限り最高のQOLを享受してもらうことにあると思います。しかし、これらは簡単なことではありません。痴呆の初期から最後まで緩和ケアを行っていくことは、一言で言えるほど簡単なことではないのです。従って、スウェーデンにおいては痴呆症という病気は、痴呆の症状がどんどん進んでいく状況とそれを支える家族の非常に大きな負担の両面から考えています。また、重要なことは、緩和ケアを行う際には病気のごく初期の時から非常に末期まで全般的に行うことです。
緩和ケアは痴呆の方とご家族が持つ身体的な必要性、精神的な必要性、社会的な必要性、スピリチュアルな必要性、なぜ自分は今ここにいるのだろう、というものを満たすものと考えています。それから、当然、もう治らない病気にかかるということは1つの大きな悲しみであり、そのご家族の悲しみを克服していく支援をしていくことも必要です。
わたしは緩和ケアを4本の柱から成り立つ1軒の家の様に考えています。1本目の柱は痴呆の方がすぐれたQOLを享受するためには、ケアする側の人たちが本人の症状に気づく、注目する、その症状を解析し、この問題にどのように接したら良いかの接し方を決めていくことです。2本目の柱はチームアプローチです。学際的で専門的な教育を受けた方たちによってチームアプローチがなされているかです。3本目の柱は優れたコミュニケーションをとるようにすること、思い切って人間関係を作っていくということです。
コミュニケーションをとる相手は職員と痴呆の方、職員とご家族、ご家族と痴呆の方という間でのコミュニケーションがすぐれたものになるようにすることです。また、スウェーデンでは、医師と現場の職員とのコミュニケーションに課題がありましたが、この唯一の解決策は、医師もチームに巻き込んでいくということです。医師の専門的な知識を現場に伝え、現場の経験的な知識を医師に伝えていくことが大切になります。4本目の柱はご家族がどのような気持ちでいるかどうかをくみ取り、どのようにご家族も支援できるかです。
では、痴呆症ケアにおいてどのように緩和ケアを実践していくかとなると、痴呆症とはどういう病気であるかをはっきり理解して、先ほどお話しした4本の柱を築いていくことが大切になります。
まず、痴呆症について理解を進めていきましょう。痴呆症というのは幅の広い言葉です。1993年に世界保健機構では痴呆症は症候群である、症状が集まったものであるとし、脳の病的な老化として起こるものであると決めています。痴呆症という病気は慢性的で進行していきます。脳のどこに損傷があるかによって、症状の現れ方が異なりますので、専門的な知識を得ていくことが必要です。痴呆症の定義に関しては、パワーポイントをご参考にして下さい。
痴呆症の場合、何かおかしいと気づくのは記憶に関することが多いです。記憶には様々な形式の記憶があると考えています。エピソード記憶(今まで生きてきた出来事に結びついた記憶)、言葉に結びついた記憶(日本の首都は東京であるなど)、プロセス的記憶(運動能力について結びついている記憶で、歩いたり、泳いだり)です。私たちは記憶を1つの大きな袋のように考えます。その袋の上の方のセンサーで記憶を感知しています。袋の一番上に私たちは短期記憶を持っています。袋の底の方にあるのが長期記憶ですが、
そこには私たちの人生が詰まっていると言えるかもしれません。ここには、子どもの頃から記憶してきたことがつまっています。短期記憶を失った痴呆の方に対して私たちは、長期記憶に到着することが必要です。その記憶を引き出すための手段として音楽などを使ったりしますが、その方の長期記憶に到着する手段を見つけることが必要です。記憶では、エピソード記憶が一番最初に無くなっていき、言語に結びついた記憶が無くなっていきます。最後まで残っているのが、プロセス記憶です。体が覚えていることがありますから、
危ないから何かをさせないということでなく、その方が持っている力を使ってもらうことが大切です。グループホームでケアをする際に大切なのは、その方の持っている記憶の底にあるその方の人生の縮図を十分使っていくことです。また、日本に痴呆の方のグループホームを作る場合は、日本にある文化、習慣、伝統をベースに作っていくべきでしょう。
また、良いケアを続けていっても、ものが飲み込めなくなる時期が来ます。この時期になると難しい決定をする必要があります。それは、経管栄養を使うかどうかです。これは1人で決められることではないので、チームで決めなくてはなりません。一度安易に栄養を使い始めると、抜くということは難しいですし、倫理的に決めなくてはならないので時間がかかります。これらを考える時に、3つのことを大切に考える必要があります。
1つめ、「なぜ私は栄養を使うようにするのか?」です。それは、本人のため?家族のため?職員が見るに耐えない、職員のためか? 2つめ、「栄養を使う目的はなにか?」です。痴呆の方のQOLを高めるため?経済的理由(ご家族がどうしても使ってほしいと願っている)?職員たちがQOLが高まると思っているためか? 3つめ、「誰のためにか?」です。
アメリカで行われた研究の結果では、痴呆症の方に経管栄養を使うことは有効ではないということが分かっています。経管栄養を使う場合のリスクも考える必要があります。経管栄養をスウェーデンではほとんど痴呆の方には使いません。チームでは常に緩和ケアの目的は可能な限り最高のQOLを享受してもらうことを忘れずに謙虚な姿勢で話し合いをする必要があります。
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| 最後になりましたが、痴呆症の高齢者が尊厳を持って生きていくためにはどうしたら良いでしょうか?痴呆症の高齢者も一人の活き活きとした人間であると考えなくてはいけません。難しい症状をコントロールできる技術を身につけることは、ケアにあたるみなさんの義務です。それから、コミュニケーションを良くとることで、ご家族、痴呆の方も安心していられることも重要です。痴呆の方が持っている権利を剥奪する
ことが無いようにしましょう。緩和ケアでは身体的、精神的、社会的、存在として今いることを大切にすることを忘れないようにしましょう。人は絶えず選択をしながら生きています。痴呆の方がどのような選択をしたいと思っているかを考えみましょう。緩和ケアの哲学を心にとめておき、ケアの方法を導いていくための指針として持っているといいと思います。
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